2024/12/5
寒い
何枚にも重ねた布団と毛布からゴソゴソと体を拗らせて出るちがう生き物
今まで住んできた家の中で一番好きなリビングの窓
そこから見える地表はすべて雪に覆われていた
雪は暖かくて安心する、というのを初めて知った
蝦夷松の防風林から透ける太陽は、この場所のために存在しているようだった
わたしの髪や手を透かし
揺れる木々のざわめきを、そっくりそのまま部屋の中に落としている
全てのものがそれに覆われると、黙って体を委ねるしかなかった
朝、お風呂に入った
勢いよく流れ落ちるお湯を見ていた
もらったヒバの木を浮かせる
少し、自分の鼻と唇の間の匂いに似ていた
雪を被った葉は、重そうで冷たいのに少し優しい
夏の動植物の勢いがおさまり、窓辺の植物たちとやっと対等であるような気がした
と言っても、わたし1人では笹一本にも満たない
あらゆる人間の力と時間を持って、やっとこの目の前の植物たちと向き合える
2024/12/6
やることがたくさんあるけど何をしたらいいか分からなくて、眠るか、部屋の片付けをしている。なんでこの家に持ってきたのだろうというものや、友達からもらった手紙を大きな段ボールに詰めて、きっと来週には送ってしまう。
早くすっきりさせて、この家に対する自分の広がり方を見てみたい。こういうとき、私はすごく現実味のない空想のような感覚に支配されてしまうけど、この体は今、洗濯をしてお粥を炊き、身支度をしている。
それがある程度のお金を持って両立できている不思議さ。本当はお金を受け取っている代わりに何かを失っているのかもしれないけれど、この冬の暮らしをあたたかく越せるのであれば、どんな労働でもしようと思う。
雪国のこの生活への恐れは、人間の自意識をぎゅっと強張らせて、人を健気にさせる。
2024/12/7
朝、思い切っていらなそうな木材を燃やそうと考えた。それはとてもいいことだと思った。ついでにもらったさつま芋を焼いてしまう。その日会う約束をした友人と一緒に食べる。
その家からは小麦畑だった畑が見えて、その下にはなにも植ってないか、秋に蒔いた小麦が小さく雪に埋もれている。晴れていたら、南の窓から斜里岳が見える。家を出るときは、東の方向に海別岳。少しだけお父さんを見た。
海が近いのに磯の匂いはせず、土と肥料の匂いしかしない。凍った泥がついている牛の毛。焼肉をすると、白黒の猫が近づいてくる。
2024/12/8
家に溜まった果物をどうにかしなくちゃと急かされて、数十個の柚子を皮と実に分け、細く切った皮を何度か煮て、てんさい糖で煮詰めた。1つずつ並べてオーブンで焼いた後、砂糖をまぶす。中身は全て絞って、ゆずシャーベットとポン酢にする。
時期に過ぎた大量の葡萄は、タネと皮をとって、お茶パックに入れた皮と一緒に砂糖で煮た。赤い葡萄ジャムと少しのコンポート。
片付いた頃に大家さんがやってきて、エアコンの室外機のカバーをつけてくれる。柿と柚子の物々交換。吹雪いている景色で見るオレンジや黄色の眩しさ。
柿や柑橘系は北の方では育たないから、どちらも南方から運ばれてきた。冬は、この実1つずつがずっしりと重くなるような気がする。
垂れ下がった猫の手、光っているフクロウ。夜はうさぎの会。見ていない朝ドラの話や近所の話をした、優しい人たち。ひどく吹雪いた天気は落ち着いて、とろとろと車を動かして帰る。2度お風呂に入って眠った。ポポーンポーンポーン。夜中3時の電波の行方。
2024/12/10
朝起きると、大家さんが重機で除雪をしてくれている。玄関を開けると、雪が4センチくらい積もっていた。横スライドの玄関だから、ちゃんとしないと開かなくなるのだろう。スコップで除雪をすることを思うと、安部公房の砂の女を思い出す。
2024/12/28
空から見ると、山の裾ぎりぎりまで立つ家々が見え、この地上で生活しているすべての人間が愛おしいものに見えた。けど、自分のいる場所は狭くて暑苦しい。
ダムで湖だと思った場所は広い海だった。きっと太平洋。
ハサミで欲しいところだけ切り取ったような形がずっと続いている。
地面は、あんなにも急になくなるものだっけ。
山の荒々しい凹凸、海の上の雲、あの蛇行した川、蛇行した海。
影は、ものに光が当たっているから落ちるものなのだと、12月の田畑はひどく乾燥した色をしていた。
地面の色を久しぶりに見たような気がする。松島、きれいに伸びる防波堤。
この平らな海が振動で膨らむことを知っている。
塩粒のような小さな船、あれは本当に船なのだろうか。
私はこの土地が好きなのかは分からない
ましてや、あの広大な土地が好きなのかも全くわからなかった
けど、記憶の原風景に広いひらけた土地がある
それがどこからくるものかわからない
きっと手元のことが大切なのだろう
遠い風景はいつか見慣れ、そしてまた憧れる
水が凍らないというありがたさを、ここに住んでいる人は知らない
特急電車でご飯を食べる10分間、人が死ぬことだけのニュースがラジオから流れる