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2023年6月



2023/6/1 台風


気圧と重力に負けて、ほとんど横たわっていた。耳にイヤホンをすると、数時間は体の重さを忘れられたので軽い資料を2つつくった。


テレビでは、沖縄にいるレポーターがヘルメットをして強風に煽られている。






2023/6/2 漬ける


自分の金銭感覚がおかしいことに気付いているが、どうしたら普通になるのか分からない。全部必要なものに感じる。


そう思うと、確かな自分の生活水準があるらしい。洗剤を買うにしても、安い変な匂いのやつだと気持ち悪くなって料理をしたくなくなる、とか。そうした過去の様々な試しが今の生活になっている。


それを維持するためにお金が必要だけど、今日は倉庫のバイトを休んだ。何か倒れてしまうような予感がした上に、行かなくていい天気と気分だった。なので、早朝から水回りの掃除をして何年分?という量の髪の毛をとった。その後、風呂に入った。


午後はレモンを買いに行ったはずが野菜を買っていた。結局、ピクルスを2瓶と梅ジュースを漬けて、生姜のコンフィチュール、にんじんドレッシングを作った。ついでに去年漬けた杏酒とヤマモモ酒の果物を取り出した。


果物酒を漬けたときの日付は覚えていないけど、そのとき考えていたことや体の感じをぼんやりと思い出せる。


最近、スケジュールや生活をリズムとして掴もうとしている。その一環に移動も必要で、家にいないからといって生活が崩れるわけではない。そのための道具、知識、体のことを考える。






2023/6/6 人


少し離れた駅に迎えに行った。久しぶりに会うと何を話したら良いか分からない。近況について教えてくれたけど、私は自分の近況をあまり把握していない。好きな牛丼のチェーン店を聞いた。



2023/6/7 晴れ


寝ているのか起きているのか分からない体を見ていた。よく食べてよく寝ている。同じ街の風景でも、一緒に行く人によって見えるものが異なることを知った。




2023/6/8 サンプリング


人の住んでいるところから高く離れた湖に行った。いつ行っても寒いことを覚えていない。


夜、シャワーを浴びているとき、音楽の意味でのサンプリングという言葉を、違う意味で大学生の頃から使っていたことを思い出した。それで、今の家で暮らしていることも、移動をしてものを拾って遊んでいることもサンプリングなのだと改めて思った。


早寝をしたが変な時間に何度か目が覚める。梅雨前線とか台風とかなんとかで、外では雨と風が吹いている。



2023/6/9 体


体が家の中に収まっていなかったので、早く家を出て土砂降りの高速道路を走った。好きなのかもしれない曲を聞きながら、歪んだ静かな風景を見ていた。体は既に北海道を目指している。3日後、2週間ほど家を空ける。


昼、喫茶店の照明が反射して、携帯の画面が炎みたいに見えた。最近、何故か歳をとったと思うことが多い。


帰り道の夕方、空に赤い海原が広がっているのを見た。ずっと奥があった。そこへ向かって車が進んでいく。違う生きものになっていくような気がした。



2023/6/12 北へ行く1


ゆっくり走る青いダンプの後ろをついていく。栃木県の下の方は、少し見慣れた景色が続いていた。国道沿いの田んぼには、誰かが等間隔で植えた紫陽花が咲いている。


知らない川を渡って左に曲がると、福島市まではここから100キロずっとこの道を走るらしい。奥州街道。道は、進むにつれて名前が変わっていく。


栃木県矢板市の道の駅に寄ると、トラックの周りにパトカーと白バイ2、3台が停まっていた。バッテリーが上がったのか、パトカーとトラックが電線で繋がれている。


少し暇たそうな警官たちを見て煙草を吸っていると、次には消防車と救急車が来た。みんな少し不思議そうな顔をしている。道の駅の机を囲んで談笑しているおばさんたちは、前のめりになってその様子を楽しそうに見ていた。


大きなパックの苺とトマト、いなり寿司を買ってまた煙草を吸うと、煙草を吸っていた警備員か警官のおじさんに声をかけられた。訛りが強くて何も分からなかったが相槌をする。

地図の上のライスライン、右手に大きなアサヒビールの工場。雲は重たそうに下へ降りてきている。



夜、福島の飯坂温泉に行った。今年の2月にも来た場所。電車で見た風景を、車道の少し高い位置から見た。風呂に入るとすっかり元気になったので、少しだけ高速道路に乗った。陽が落ちた灰色ののっぺりした川、遠くには街、仙台が光っている。


車の移動は、場所との確かな関わりはあるけど、繁華街との関わりがない。街の横を通り過ぎて、広い静かな場所にいる。目の前を走っていたトラックは仙台港で降りていった。


ミニストップがあるどこかのパーキングエリアで眠る。近くには大きな丸太を積んだトラックが停まっていた。



2023/6/13 北へ行く2


5時30分に目が覚めて、6時頃にパーキングを出た。高速道路を降りて宮城県の雄鹿半島を適当に走る。山の中は霧が立ちこめて眠くなったので、どこかの空き地に車を停めて1時間寝た。


霧で翳った道を走る。カーブの先、尾の長い雉と目が合った。こちらを不思議そうに見つめていて、うっかり轢きそうになった。

夏浜という場所へ行った。沖には養殖用の船が浮かび、道路では工事関係の車が行き来している。足跡のない砂浜を踏みながら、静かに澄んだ海を見た。すごく綺麗で塩っぱかった。


ハマヒルガオの近くを歩く蟻たちを見て、その近くで左手の爪を切る。爪を切った代わりに、小さな袋に砂を入れた。その様子を動画で撮ってみる。何となくずっと考えていたことだった。


そうしたことを終えて車に戻ると、マックが食べたくなったので市内まで戻った。ついでに博物館に寄って、武蔵美関連の展示を見る。


昼過ぎ、街の側を流れる旧北上川に下りた。少し離れたところで魚の気配がする。釣り道具を持ってくればよかった。地面にしゃがみ込むと草の匂いに覆われ、じりじりとコンクリートの照り返しを受ける。


その後は、道の所々にある高台の新しい団地を見て、この静かな場所にも津波や大きな地震があったのだと思い出しながらずっと北上した。


気仙沼市の北上川に沿って、海の方まで下る。この川は水面が地面に近く、あふれた湖や海のようだった。人のいない草地の船着場に車を停め、昨日買った苺を砂糖で煮てみる。


二十分、初めて来たこの場所に対して私ができること。赤く煮詰まっていく苺を見て、流れる川を見て、その様子を動画に撮った。



白く靄のかかった山に入ると、土砂降りの雨だった。雨を遠くから見るとそう見える。ずっと川を下って海を目指していたはずなのに、いつのまにか川の流れが逆になり、山を登っていた。


夜、遠野市のラドン温泉に入り、そこから少し東にある道の駅で眠った。山中の町は、空気が溜まって嫌だと思うところと、流れがあって心地よい場所がある。川の近くや大きな道路の近くは安心する。




2023/6/14 北へ行く3


8時30頃、目が覚める。たっぷり寝た。起きる度、車中泊の才能があると思う。眠った場所から40分ほど移動して、岩手県の沼の浜に行った。くねくねとした山道を降りて人気のない港に出る。


その海からは霧が溢れていた。道路も砂浜も山も、濃い潮の匂いがする。呼吸をする度に体がこの場所に馴染んで、消えていくような感じがした。


少し盛り上がった砂浜の奥のトンネル。冷たいトンネルは風が吹き抜け、明るい鳥の声がした。その先の道路は12年前の地震で崩れたまま、大きく分断されている。そのすぐ下を、波が何度も繰り返していた。


再びトンネルを通って戻ると、霧が晴れてきて気温がぐっと上がる。さっきの場所とはちがうところへ来たと思った。もしくは、先程までの場所が違うところで、今が正しい場所のようだった。


車を停めた草地でお湯を沸かし、珈琲を淹れる。その後にフライパンでパンを焼き、昨日作ったジャムを塗って食べた。


昨日から連続した今日。車での生活、外への拡張。東京にいた頃に考えていた部屋から街への拡張から、今はもっと大きなものへの拡張を思っている。大袈裟なことはできないが、少しずつ動きながら考えるために動画を撮った。もう中途半端にまともなふりをやめたい。


その後、大きな道路へ戻り、2時間かけて青森の喫茶店に向かった。途中、セブンで寝る。栃木の家ではもう枯れていた白い花が元気に咲いているのを見て、確かに北へ移動しているのだと思った。

八戸市内の喫茶店に入ると、全てが麻雀のゲーム机の店だった。老若男女が煙草を片手にボタンを操作している。私は麻雀ができないのでその上にパソコンを置いて日記を書いた。誰か知らない人が、私の横をゆっくり歩いて何かを呟く。


その後は八戸の工場地帯を走り、前にも通った場所だと思い出した。青森港までの道中、300円の植物の多い温泉に入る。空は、低かったり高かったりする雲に朝みたいな夕焼けが滲んでいた。


余裕を持ってフェリー乗り場に着き、zoomで色々な人の声を聞く。出航40分前、トラックが1台ずつフェリーへ誘導されている。たくさんの大型トラックと乗用車5台。


初めての硬い床は、寝袋を持ってくるのが正解らしい。海上でもwifiがあるのが少し憎いと思った。たまに、しばらく圏外にいたいときがある。




2023/6/15 北へ行く4


深夜2時、寝ていたら函館だった。目が悪いので夜はどこでも同じように見える。船から降りてもずっと道が続いていた。


面倒なのでいつものように後部座席にマットや寝袋を広げず、運転席を倒しただけで眠った。そして、ストーリーのある夢を見た。たまに連絡をとる人に14歳と2歳の子供がいて、私がセブンで後輩に対してすごく慌てる話。


朝の6時から運転を再開し、苫小牧まで下道で移動をする。コンビニで出来立てのカツ丼を買い、港の小さな公園に行った。小高い場所に座ると、長い竿を持った釣り人や日本や外国の大きな船、たくさんの水色のタンクが見える。いろいろな形の船が、灯台の横を通って遠い海へ向かっていく。

その後は、高速道路に乗って帯広まで移動をした。道東あたりに入ると、それが道東だと分かることが分かった。見たことのある景色が広がっているので安心して元気になる。


こんなにも広い景色を知っているということが嬉しかった。車で走り抜けても、そこはまだ知っている場所。ずっと、知っている場所に向かって走っている。

夕方、阿寒湖に着き、観光地の外れにある湖のほとりに行った。車からカセットコンロと薬缶、パンとジャムを持って水のそばに座る。辺りは少し獣くさいので、時間のかかる珈琲ではなくパックの紅茶を飲んだ。


昨日に続けてジャムを食べられたことが嬉しく、1時間ほど北上を続ける。道路では、鹿が脇に生えた草を食べていた。鹿は飛ぶように走るが、その軽快な着地には確かな重さを感じる。肉が動いてる。


夜は知っている道の駅で眠った。広い真っ暗な駐車場からは綺麗に斜里岳が見え、いたる方角から吹き荒れる風が時折車を揺らした。無性に1人であることを感じたが、それと同時に色々なものや人を思い出した。



2023/6/16 北へ行く5


朝6時頃から車を走らせ、斜里町の前浜に行った。砂地に車を止め、カセットコンロなどを持って防波堤の上に座る。気持ち良く晴れた知床連山と海を眺めながら、珈琲を淹れてパンを焼き、苺ジャムを食べた。その様子を遠目から動画で撮る。


去年の夏、ここで友人とごはんを食べている様子を動画に撮った。ジンギスカンを焼いた煙が山と海からの風に運ばれて流れていくことと、焼いた肉が自分と友人とカラスの身体になっていく様子は少し似ていた。そのときからずっと抱えていたものを知りたくて、今回は自分を撮り続けている。


8時頃、ウトロ高原の夫婦の家に着き、身支度をしてから町内のお祭りに行った。子供達の踊りと獅子舞、天狗。昼からみんなで宴会をした。


私はよそから来た部外者だったが、一緒に酒を飲んで肉を焼いて、歌を歌って踊ったら、そういう垣根はどうでもよくなった。21時までだらだら酒を飲み続ける。



2023/6/17 北へ行く6


少しの二日酔いだったが、焼いてもらったバタートーストと珈琲が美味しくて元気になった。食器を片付けるついでに、キッチン周りの掃除をした。自分の車に積んであるものがいろいろ役に立って良かった。あの車は生活なのだと実感する。

その後は斜里のアジトと呼ばれている場所に行き、草刈りをした。冬明けの草刈機は何度エンジンを引いてもかからないので、少し可愛い。


昼は、好きな定食を奢ってもらう。そのとき、思考の整理と部屋の片付けの話をして、明日から少しずつ家の片付けを手伝うことになった。作業環境を良くしてあげたいという気持ちと、人の生活に踏み込む畏れを同時に感じる。


夜は温泉に行った後、斜里のゲストハウスのキッチンで2人、料理をした。ラタトゥユ、手羽先と野菜の味噌煮込み、サラダ。あとは、旭川の出張から帰ってきた人からもつ鍋と日本酒、甘酒をもらって食べた。自分の家から遠い場所でたくさん食べられることは嬉しい。




2023/6/18 北へ行く7


曇りのち雨。長袖にライトダウン、ジャンバーを着ても少し寒かった。今日は夫婦の仕事の手伝いで、キャンプ料理の撮影の準備をした。森の中、コンテナボックスの上に調理器具や食材を置くと、急に人間味が生まれる。


撮影はなんとか雨が降る前に終わり、私は寒さで落ち込んだので温泉に行った。すると、2日前にお祭りで会った女性が脱衣所におり、声をかけてくれた。勢いでやり過ごし、風呂に入る。寒さで手が痺れていた。


その後は少しだらだらし、変な時間に夫婦と昨晩の残りを食べて、ウトロ高原の家に帰った。少し部屋を片付ける。お世話になっている人が釣ったサクラマスの燻製とポテトサラダ、炒め物、味噌汁を食べて寝た。





2023/6/19 北へ行く8


朝、連日の勢いがどっと体に押し寄せてきたのに驚いて、少し泣いた。悲しいよりも溢れるような感じがして、体が足りないと思った。北海道は広いから体の感覚が敏感になったかと思うと、今度は途方もないような感じで鈍くなったりする。


住んでいない場所の土地感覚は、何度来ても慣れない。普段はそうやって振り回されることを喜んでいるけど、今日は少し堪えた。それでも体は急に適度な大きさになったりはしないので、この体と向き合って付き合うしかないのだなと思う。


外はしとしとと雨が降っていて寒い。もう関東の気候を忘れてしまった。夜、酔っ払った頭で、遠い場所に住んでいる人も近くにいる人もみんな生きてるといいなと思った。



2023/6/20 北へ行く9


朝は少しパソコン作業をして、昨晩の残りを食べた。昼はパンを買い、夏の芸術祭が行われる会場の前で食べる。会場の中には、生きている蟻や死んでいる虫、死んだ蝙蝠がいた。2階で少し自分の展示をすると思って、ものを置いてみる。どうにかなると思った。


午後はアジトで流木のイーゼルをつくった。日が暮れてくると、温泉に入ってご飯を食べる。2時過ぎに眠った。



2023/6/21 北へ行く10


午前はアジトの斜里岳が見える草地で、りんごとシナモン、クローブのジャムを作った。昼は刺身定食を奢ってもらい、昼過ぎからアジトの壁貼りを手伝う。少し高い場所に登り、表面が焼かれた黒い板を1枚ずつビスでとめた。夜になると風呂に入り、ご飯を買ってアジトに戻った。


深夜までパソコンで東京にいる人たちの声を聞く。栃木の家で聞いた声よりも、少し遠いと思った。web会議は便利なコミュニケーションツールであるはずなのに、どうしても色々なものがふるい落とされてしまう。


人間の体が同じ空間にあることの強さと情報の共有量は、普段意識しないけどきっとすごいものなのだろうと思った。個人の人間と、組織での立場のあり方。様々な状況に対応する体のことを想像したが、目の前にいる人はただ1人の人間だったので少し驚いた。純粋か頑固というのか分からない。




2023/6/22 北へ行く11

朝起き上がると、夫婦はもう起きて身支度をしていた。1人がモーニングを食べたいと呟いたので、私は車から珈琲などの準備を持ってきて朝食を作った。ホットコーヒー、焼いたバタール、ベーコン、サラダ。


昨日から続いた今日の朝に、こうしてきちんとご飯が食べられるのは良いことだと思った。生活は、自分で調子をとる連続なのだと実感する。1人でいるときは、淡々と生活が続いていることを思って落ち込むことがあるが、その生活を意識できるような生き方をしたい。

今日は2人の手伝いに少し疲れたので、1人で昼寝をした。1時間ほど眠って目が覚めると、目の前の土手に狐がいた。目が合ったと思ったが、多分合っていなかった。動物は、建物や車の中にいる人間を認知しない。


狐は狡猾そうな目をして、背の低い草地を這うように進んだ。今日は暑い。私はそろそろアジトに行こうと思い、車を走らせた。 車で淹れた珈琲を2人に渡し、またねと言って別れた。そのまま農家さんの家に行き、農家さん夫婦と3人でバーベキューをする。近所の黒猫が遊びに来たが、2人は何もいないかのように扱った。食後は談笑しながら、深夜まで色々な話をした。





2023/6/23 北へ行く12


朝起きると、家中の熱が籠っていた。その話を奥さんにすると、この家の間取りや北海道の家の話をしてくれた。私が今住んでいる家は断熱材のない昔の家なので、断熱性の高い家の空気は何かが違う、と明確に分かる。


朝食を食べて外に出ると、農家さんのお母さんが畑のハスカップや苺を好きなだけ持っていっていいよ、と言ってくれた。初めて見るハスカップの木、枝の根元に生っている小さな実をたくさん摘んだ。


苺は、小さな野いちごと種子の多い大きないちごがあり、全部混ぜてジャムにするといいよ、と香り付け用のミントももらった。最後に、冬を越して甘くなったというじゃがいもを段ボール一箱分もらう。


また7月に、と挨拶をして斜里を出発し、網走、遠軽、旭川を通って19時頃に札幌に着いた。集合時間のある移動は、あまり記憶に残らない。


それでも、進行方向とは反対、自分の後ろ側に知っている人々や景色があり、そこから離れていくという感覚があった。帰路についている。帰宅は、意識した途端に目の前への集中力がなくなり、一目散に帰りたくなる衝動を孕んでいる。



久しぶりに会った人と居酒屋に行き、瓶ビールを飲みながら周囲の近況を話す。すると徐々に調子が乗ってきて、深夜はプレシャスホールに行った。


薄暗い空間でお酒を飲みながら、音と一緒に体を揺らす。1時を過ぎた辺りから明らかに音が良くなり、飛び跳ねながら踊る外国人の近くで、気持ちの良いまま体を動かした。音楽は詳しくないが、体がある限り、気持ち良いか悪いかは分かるのだと思った。




2023/6/24 北へ行く13


遅く起きて、焼いてもらった大きなホットケーキを食べた。その上に斜里で煮たりんごのジャムを乗せると、ケーキみたいになって美味しい。午後は、市内から少し離れたプールに行った。


土曜の家族連れの多い室内プールに少し緊張しながら水に入る。ぬるくて水色だった。浮き輪を借りて浮いたり、沈んだりしているとお腹が減ったので、ポテトとココアを食べた。陽のあたるの席、乾いていく体を感じながらぼんやりと動いている人々を見ていた。


その後、河川敷で昨日もらったハスカップと苺のジャムを作った。風の強い中、甘い香りが流れていき、上空では大きな鷹のような鳥がぐるぐる回っている。

夜は軽い料理をした後、初めて会う人たちとお酒を飲んだ。第一印象からずっと変わらない印象を持ったまま、ずっと覚えていないような話をした。会話の最中、軽い悪態をつきたくなったのでその通りに行動する。



2日間、人と向き合う気力がなく、ずっと宙に浮いた気持ちだった。疲労と連日の酒で、体がどこにあるのかよく分からない。それでもキッチンに立つと体が動くので不思議だと思いながら、食べている人を見た。


この人と会うたびに、どんな人だったけ?と思い直す。あまり定まった印象を持っていないので、最初は上手く喋れず、私はずっと相手の話を聞いている。


いつも積極的に何でも話してくれるので少し心配になった。私は、話さなくていいやと思って話していないことがたくさんある。今回はその差が激しかったので、1人でぼんやりとしてしまった。


また、この場にいない人のことを考えた。そのことが嬉しいのか悲しいのだか分からなくて、ゆっくり眠りたいと思った。



2023/6/25 北へ行く14


怠い体を起こして、8時に家を出た。コンビニで塩っぱいものを食べ、珈琲を飲みながら高速道路に乗る。ここから300キロほどずっと走るらしい。


道中、本当に眠っていたときがあったが事故にならなかった。そうしたとき、ハッと起き上がる体は、自分の中の緊急装置みたいなものだと思う。


出航40分前ほどに港に着き、北海道のお土産を買えないままフェリーに乗った。窓際のテーブル席に座り、5日分の日記を書く。船室では、様々な人が硬い床に横たわって眠っている。


窓の向こう側に大きく揺蕩う海を見て、自分の中に浮かぶどんな考えも愛おしいと思った。好きなこともくだらないことも全て形がない。


1人でいるときは、自分の体の形をすぐに忘れてしまうので、思考も形がないことを知っている。けれど、人といるとときは体を意識しなくてはいけないので、考えにも形があるものだと少し疑ってしまう。それが少し苦しいので、私は1人でいることが少しだけ向いていると思った。


2023/6/26 北へ行く15


久しぶりの1人での目覚め。昨日の夕方、青森に着いてからは、車を運転をしている体への危機感のようなものが薄れてきたので、諦めて青森市内のホテルに泊まった。それを無視していたら、気付かないうちに死んでいたと思う。


日の当たらない、3つのシングルベットが並んだ部屋。移動をする体は、明らかに往路とは異なってしまったように感じる。どうにもならない故にどうにでもなるという気持ちが強い。

コンビニとガソリンスタンドに寄り、三陸道を走る。小高い道路から海沿いの町を見下ろすと、海のすぐ上に雲があった。水平線と重なるように厚い雲が浮かんでいるので、海が溢れているような、迫りくるように見える。


あまりここにいたくないと思い、スピードを出して三陸の町を駆け抜けた。霧の町、トンネル、山、曇りの町、晴れの町、様々なものを通り抜けた車は、流れの一部だった。私はただ気候や太陽の変化を見ているのではなく、変化の真っ只中に存在しているのかもしれない。


栃木に近づくにつれて、太陽は沈み、湿気が高くなってくる。青森から700キロ走り抜けた車と体は、離れたりくっついたりを繰り返したが、それでも車は車で、体は体だった。何かと金のかかる白い車。またエンジンオイルを交換しなくちゃいけない。

動画






2023/6/27 湿気


親の知り合いが肺がんになったので、母に煙草をやめなと言われた。

夜、野良猫が発情期。開けた窓から雌猫の甲高い鳴き声がずっと聞こえる。叫んでいた。





2023/6/28 湿気すごい


やることがたくさんあると気付いた。嬉しいかもしれない。自分で予定を立てられて嬉しいと思うことにする。雨が降っている。




2023/6/29 靴洗った


昨日は久しぶりに実家で眠った。深夜起き上がると、自分がどこにいるか分からず、まだ北海道にいるのかと思った。移動が多い生活は、どこで安心を得れるのか自覚できない部分がある。


それでも、実家から自分の住んでいる場所に戻ると、昨日できなかったことがたくさんできたので、体は回復していた。食べ物のおかげかもしれない。


色々できることがあることに戸惑って、行けば済む用事を先に終わらした。市役所と車のオイル交換。車の前面は、北海道で殺してしまった虫たちが何百匹も張り付いていたが、忘れてそのまま交換してもらった。オイル交換できるなら洗車しろよ、と思う。


行為に言葉をつけることってすごいことだ。






2023/6/30 今月は30日まで


扉の向こうには小さな声の何かがいて、それが神様だったのか、私の手元にいるものが神様だったのかよく覚えていない。


私は服を着たままトイレに座っていた。トイレの横の鉄の扉からその声はした。開けてはいけないと言われたのか、自分でそう思ったのか分からないが、扉は一度も開けなかった。


女の人と暗い廊下を進むと、男の人がこちらに走ってきて私に喧嘩を売った。むかつく挑発に乗りそうになったが、無視をして歩き続ける。そうすると、どこからかエピローグみたいなものが流れてきて終わった。



蒸し暑い部屋の中、何かの間を行ったり来たりしていた。何かはよく分からないけど、その間を行ったり来たりしていることは分かった。それがすごいことで、そうできる状況はいつかの自分が生み出したのだと思った。


直感という言葉で片付けるには惜しい感じ。大きな流れを知りながら、小さな粒を見ている。だからといって、どうにかなるわけではない。1階で預かった犬が吠えている。








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