top of page

2022年8月後半






2022/8/16 I was born


今日は涼しい。暑い日々から徐々に気温が下がっていくのは、何とも言えない高揚感がある。これから家を出る前に、上着を選んだりするのだろう。去年もその前もそんなことをしていたのか。あまり覚えてない。


季節が巡る度に、自分のことを思い出すような気がする。色々忘れて、また思い出せるのは嬉しい。思い出す感覚が好きなのかもしれない。


バイトに行くために、朝7時の中央線に乗った。スーツ姿の眠そうなサラリーマンが多くて陰気な感じがする。何かトイレの芳香剤みたいな匂いがする。マスク生活が始まってから、マスクの中と外とで感じる匂いが変わった。自分は何の匂いを嗅いでいるのだろう。


バイト中、コンクリートの地面から草地に木を運んだとき、自分が自然の一環だと感じた。


麻布十番の駅でエレベーターに乗ろうとすると、ご婦人2人が待って〜と小走りで来たので待った。彼女らが乗ってから降りるまで、10回ほどありがとう、と大きな声で言われ、降りるときもお先にどうぞ、と2人して片手を突き出して言ってくれた。


そんな彼女たちに、あっすみません…と小走りでエレベーターを出た。その2人から隠れるようにして、自動販売機でミルクコーヒーを買い、一気に飲み干した。



最近、セミをよく見る。この前は10匹くらいの蝉から一斉におしっこをかけられ、今日は死骸をたくさん掃除した。また、死にかけのような蝉も3匹程いたので、触ったり指に乗せたりした。


蝉が死んでいくと、夏も共に終わっていく感じがする。悲しいような嬉しいような。この死んだ蝉たちが、再び地中に埋もれて、来年の夏また出てくることを想像する。


1匹のセミを人差し指に乗せると、細い手足でチクチクとゆっくり進みながら私の後方へ飛び立った。剪定された紫陽花を超えて、2メートルほどの木の先へ飛んで見えなくなった。






2022/8/21 移動日


「何かいた?」

日曜日の朝10時。庭園の隅で小さく背を丸めていると、声を掛けられた。


「これ、蝉が脱皮しようと…」


ちらっと声の方を見ると再び背を向け、柵の方を指しながらそう答えた。その先には、小さな薄緑色の体を震わせ、茶色の殻から脱皮しようとする蝉がいた。

「この時間に珍しいね。大体の蝉は、明け方前に脱皮するんだけど。私も小さい頃は、ラジオ体操の後に背中に切り込みのある茶色のセミを拾って、家の近くの木にくっつけたよ。でも、大体はそういう奴ってどこかが欠陥しているとか未成熟なやつで、大体は脱皮しきらずに死んじゃうんだよね。」

「普通の蝉はみんな、夜明け前に脱皮するってことですか?」


「そう。だから、こんな時間に脱皮する蝉は大体どこかに不具合があるんだ。でも、この蝉はまだ平気そうだね。」


「はい。少し動いてる。」

じっと近くで蝉の透けた体を眺め、頭から羽の付け根まで伸びる赤い血の管を見た。私は、蝉の体に触れたい衝動を抑えるように手を両脇に挟んでいた。


「じゃあ、休憩しますか」


「はい」


その言葉で立ち上がり、庭園の隅にある庭園係という札のかかった小屋へ入る。白い長方形の机を囲むように乱雑に置かれた椅子へ座り、私は冷蔵庫から無糖のカフェオレを、男は家で作ってきた麦茶を飲んだ。

「食べる?」


礼を言い、差し出されたグミを1つ口に入れた。甘い桃の味がする。


「初めて見ました。これ。」


「ね、あんまり見ないよね。どこで買ったかな…」


「最近、スーパーで桃と葡萄と梨が売ってるのをよく見かけますね」


「時期だからね。梨はね、当たり外れが多くて嫌なんだ。だから買わない。」


正面の壁に掛けられた所々に丸のついたカレンダーを眺めながら、揺れるように相槌を打った。

「けど、うちの奥さんは、みかんと桃と葡萄をよく買ってくるよ。みかんが特に好きみたいでね、せとか、日向夏、デコポン、ポンカン、不知火。デコポンの小さいやつが不知火っていうのかな?

日向夏はね、皮をりんごのように薄く剥いて、白い中のふわふわごと食べるんだ。初めて食ったときに、これはふわふわを食べるものなんだって思った。」


私は日向夏という黄色いらしい果物を調べ、前に食べた小さな黄色い果物は何だったかと、その酸味を思い浮かべた。

「うちのお父さんの実家が熊本で、大きいボンタンとか八朔はよく送られてくるんですけど、日向夏はないなあ。」

「熊本なんだ。うちの奥さんは鹿児島で、親戚も福岡とか宮崎が多いよ。その辺だよね、多分、日向夏とか不知火は。」


「今度食べてみますよ。そういえば、桃って地域によって食べる硬さが違ったりするんですかね。」


「いや、品種だと思うよ。福島とか山梨の人は、桃を皮ごと食べるっていうね。皮と実の間が一番うまいって。そういえば、本業の仕事はいい感じなの?」


「あっ、はい。ぼちぼち。」


私は、本業の仕事という名の北海道通いで、月8回のシフトの4回ほどを休んでいた。誰にも触れられないし、怒られないと油断していたので返事に詰まった。自分が若いのとよく分からない職業をしているというので、色々なことが許されていると思った。甘えている。


「それはいいことだね。そういえば、9月の初めの週にハワイ行ってくるんだ。思い切ってね。サーチャージ料とかすごい高くなるから、1ヶ月前くらいに航空券取っちゃった。」


「ほえ〜、いいですね。どっちが行こうって言い出したんですか?」


「どっちっていうわけでもなく、2人ともハワイが好きで。でも、円安でお昼だけ2000円とかするかもね。」


「そうですね〜、観光地だし。」


「うん。じゃあ、ぼちぼち仕事しますか。」


15時にバイトを終えると、お疲れ様です、と言って羽田空港へ向かった。女満別行きの待合椅子で、この文章を書いている。


19時30分、女満別空港に着いた。21時前に斜里の会場に着く。皆は稽古をしていたので、小さな声でお疲れ様ですと言って、案内されるままに座り、指のさされた言葉を読んだ。


すると、そのタイミングで言う台詞ではなかったらしく、稽古を強制中断させてしまった。22時まで稽古は続いたが、移動のハイで割と元気だった。






2022/8/22 記憶喪失


13時から22時まで会場で新作公演の稽古をしていた。昼は、N家でキッシュ、鶏肉を焼いたやつ、じゃがいもとブロッコリーとエビの炒め物、玉ねぎとトマトのマリネを作って会場に持っていった。


数人で急いで食べて、稽古の準備をする。私は具体的な稽古が初めてだったので、流れがよく分からなかったが、皆に緊張感と疲れが見えたので何かそれっぽい感じで動いた。


既に経験したことを再体験しているだけなのに、皆との経験の密度が違うと感じた。少し外れているのは疎外感を感じるが、結構楽しい。この場に浮遊しているみたいだ。または、小さな子供になったような気がする。


周りを見渡して、ここで何が起こったか情報を集めようとする。私のいない1週間で流れたグループラインの会話と写真、会場のものの位置。色々な体がここを交差して、たくさんの声が壁や天井に消えていった。


いてもいいけど、いなくてもよかったと思っている自分は、葦の芸術祭に対してどう接しようとしているのか、まだ分からない。ただ、ぼんやりとここにいるということは避けたいので、苦しくてもずっと悩めていたらいいと思う。






2022/8/23 展示


朝9時頃に会場に行って、自分の展示の配置を少し変えた。不在の間に周りが変化していたのと、自分の展示にちょっかいがかけられていたので、それに応えられるようにものの位置を変えたり、朝拾ったものを付け加えた。


これが展示になるのかと未だに疑問を抱いているが、仕方ないと思っている部分もある。自分が作家側として招待されているわけでも、作家として独立しているわけでもないので、卒業制作で行った形式をこの場所に即してものを配置した。


歳を取った作家にはある程度の形式めいたものがあって、お客さんもジャンルや形式を持って数多の作品を理解しようとするけど、そういうものにならない方が面白いよ、ということを前に教授と話した(または、私が勝手にそう解釈した)。


また、君たちは若いから何をする人だって決めつけられていないからいいね、と言われた。


自分が何をしている人だとはっきり言えないのは楽しいが、不安になることが多い。どういう立ち振る舞いをするか、状況や人を見て変えている。


旅をしているというほど移動をしていないし、基本は部屋に引きこもっている。ただ、その引きこもり中でも色々と自分の姿を考察しているので、旅をしている時との繋がりがプツンと切れているわけではない。


私にとっての旅は、環境とその時の状況に対応していくことだと思う。刻々と鮮明なものとして、あらゆるものを受け取ること。周りを観察して、自分の身体の危険と在り方を考えること。


それらが固定の街にいると、感覚が鈍ってドロンとした体になる。なので、部屋の安寧を少しずつ壊したりして、部屋も完全な逃げ場所にしないようにする。でも、結局は分からないから行動している。知っていたら行動はできない。


生きる上で東京は便利だ。責任のない体で生活するのにあまり気を使わない。



11時30分頃から私とYさんとのラジオがあったので、10時過ぎから打ち合わせをした。何を話すか、私は適当で乱雑だったが、Yさんはきっちりと段取りを決めたがった。


ラジオをまとめている男性は、会話の合わない私とYさんが頑張って話す姿を見たいらしい。


2階に上がり、マイクの調整などをしながら本番を迎えた。一言目から噛んだ。


色々話した。特に覚えていないが、Yさんがこれだ!と確信を持って言ったことに対して私が、うーん、そうかもねえという風に答えていたのが面白かったと言われた。考えていることが全く違うのに、作業や生活を一緒にできていたのは不思議だ。


夜は、栃木から両親が来て、会場を一周し、Nと一緒に近くの寿司屋に行った。私たち親子は何かそういうことに関して言葉を持っていないので、葦芸に対する感想は具体的に話さなかったが、面白いと感じているのを彼らの表情や体から感じた。






2022/8/24 風呂


10時から会場で珈琲を淹れる係をした。あまり覚えていないが、昨日の寿司屋の大将が来てくれた。14時頃からこの芸術祭の支援をしている財団が視察に来て、皆が接待的に話をしていた。


私は責任のある人ではないので、上手く入り込めないままふらふらと会場を出たり入ったりした。途中、アイスを食べながら海に行って貝殻と漁師の紐を拾った。


17時からは明日の公演の練習として、席などの準備が間に合うかのシミュレーションをした。22時まで色々と繰り返して練習をする。夜に風呂に行ったか、朝に風呂に入るかした。






2022/8/25 ご飯


朝起きると、いつから考えていたか分からない考えに取り憑かれて、そのままに行動をした。ほうれん草とトマトとハムのキッシュを焼いて、炊き込みご飯を作ろうとした。


9時30分頃、両親が斜里に寄ってから摩周湖などの観光に行くというので、N家に鮭と梨とピクルスを置いていった。魚は、朝のウトロで父が釣ったものだという。驚いた。


とりあえず冷蔵庫に入れて、なんとか焼けたキッシュと、準備途中の炊き込みご飯を持ってNと共に会場に行った。会場に炊飯器があったので、そちらでもう1つとうもろこしの炊き込みご飯をする。私はあまり好きではないが、Nが食べたいと今朝に2回ほど呟いていたので作ることにした。


また、冷蔵庫から昨日か一昨日にいただいた鰤が出てきたので、うわーっとスーパーに大根を買いに行ってぶり大根を作った。なんでこんなことをしているのだろうと何回も思った。


料理は全然有意義とか優雅ではない。戦いに似ている。炊けたご飯を全て適当に握って、ぶり大根に火を通していると、東京から来た友人が遊びに来たので無念にもぶり大根を放置して会場を出た。あと40分だけ開いている亜里洲という喫茶店に行って、ランチと珈琲を飲んで煙草を吸った。


友人はこの街で見ると、綺麗で垢抜けて見えた。見た目や動作に気を使うのは大事なことなだと、何か殴られたような気持ちがして心地よかった。できる限り気をつけようと思う。


会場に戻ると、ぶり大根やおにぎりが減っていた。味見をしていないものが減っているのは少し怖かったが、あまり気にしないことにした。


初公演でバタバタしないように、少しでも心配をなくすように料理をして差し入れをしたが、全くそんなことが皆の心にどう作用しているかいまいち分からない。直感で受け取るしかなかった。私の料理は気兼ねなく食べられる、と言ったNの言葉を少し信じている。



少しして友人と海まで歩いた。貝殻を拾いながら歩いて、防波堤の日陰に座って煙草を吸った。遠くに見える知床連山。彼女は初めてオホーツク海を見たと言った。


会場に戻って、新鮮なうちに鮭の内臓を取っておこうということになって、ウトロの奥さんにアドバイスをもらいながら鮭を捌いた。今までに捌いた何かしらよりも、内臓がぎっしり詰まっているような気がした。冷たい。


父の釣った魚を自分の手で捌くことは、何か不思議なものを感じた。繋がり?食べ物、親子。分からないけど、とにかく何か良いことだった。


鮭はメスだったので、魚卵を料理酒と醤油につけて冷蔵庫に入れた。身の方も生ではなく、火を通して食べないといけないらしい。3枚下ろしにしたかったが公演の時間が迫っていたので、身を新聞紙で包み片付けをした。


初公演は緊張した。最後まで1度も通したことがなかったので、練習のようだと思った。しかし、1番前の席には友人が座っていたので意識してしまった。また、色々なハプニングがあったが何とか終わった。


その後、友人をウトロまで車で送り、バーでご飯を食べた。友人はかなりの偏見持ちで、様々な人の感想を私に言った。5年前に会った時は、捻くれているなあとドン引きしたが、今ではその偏見が結構好きだった。


彼女は、偏見は自分が世界に対しての興味から生まれる観察の系統学だと言った。






2022/8/26 最終日の前


午後から打ち合わせがあったので、午前からゆっくりと家にいた。斜里で何もしない午前は、会期が始まってから初めてかもしれない。


13時から15時までzoomをすると、勢いでチョコブラウニーを焼いて、17時までに会場に行った。公演を終え、多分お家に帰ってご飯を食べて寝た。


明日で最終日ということになると、全てが愛しいような悲しいような気持ちになった。それをNに言うと同意してくれてたので、物事はそういうものなのだと思った。


Nは、私なんかよりも葦芸に対して激しく体力や気力を消耗していたので、何事もなく早く終わってほしいと思っていたらしいが、今日になって初めて惜しいという気持ちになったという。


しかし、体力も精神力もほとんどなかったので、特に会話ができない。そうした時間の魔力につつまれたような気持ちで、ただ朝になるのを待つ。






2022/8/27 最終日


10時の開館からたくさんが人が来て、てんやわんやした。また、ウトロのパン屋さんが会場内に出店してくれていた。お客さんのいくらかが思い出の品を書いてもらった珈琲とパンを共に食べており、何かいいなと思った。


私も隙を見て、余った珈琲を飲みながら買ったパンを食べた。スコーンやメロンパンは、お店の味がして美味しい。自分の作るものはやはり素人仕様だなと思いながら、自分がどこを目指しているか分からなくなった。


午前中のみで30人ほど来場した。中には、何回か来てくれた人や、知り合いを連れてきてくれた人などがいる。


12時頃になるととてもお腹が減ったので、1番にお昼を食べた。お弁当は、てんてんてまりという居酒屋のランチメニューで、甘い卵焼きとザンギがとても美味しかった。


14時頃、Nと共にシフトを終えると、ふらふらとした足取りでヒミツキチこひつじに行った。


珈琲を頼み、窓際の席に座った。温もりのある店内だった。店中に本が置いてあって、古本として売っているものと売り物ではないけど読めるものがある。


ぼうっと椅子に座っていると、Nが適当に本を持ってきたのでそれを奪って読んだ。ぼんやり覚えているけど、はっきりは思い出せない。浅煎りの珈琲のソーサーには、細く切られたケーキが載っていた。


時折、本当に眠った。話したいことや考えたいことはたくさんあったが、雨の空に潰されて様々なことが重く感じられて何も話せなかった。今日は最終日。それなのに、こうして会場から逃げている。


昨日惜しんだ今日も、会場から少し離れた場所にいる方が愛着を感じるのは何故だろう。ここに来られて良かったと思った。



N家に帰り、雨に濡れていた犬を家の中に入れた。狭い家の中では犬がいつもより大きく見える。


16時頃に会場に行き、17時になって閉館して公演の準備を皆でした。雨の予報だった18時30分。外で公演が行われる間は、雲の隙間を縫うように雨が降らなかった。


私は、全ての台詞が音や合図として聞こえていた。そう簡略化して情報を受け取らないとうまく体が動かなない。この劇において、私は2度と観客になれないのは不思議な感じがした。


流木を運び、舞台上の椅子に座って台詞を言う。自分が何を言っているか分からない。観ている人の情報や自分の言葉に耳を傾けると、全てが崩れてしまう予感があった。今日は初めて台詞を噛まずに言えた。


演劇は、自分が観客や空間に与える印象や波を捉えきれないので、よく分からない。もちろん制御もできない。


ずっと宙に漂っているようだった。しかし、そんな状態の中に観客がいて、私や他の役者の微かな動きからあらゆる信号を受け取っているのだ思うと、舞台という力場の強さにクラクラする。


緊張と緩み、その一部に私がなっていたかというと全くそんな気がしなかったので、私は役者向きではない気がした。楽しかったけど、素直に楽しんでいたと言い切れない。


役者の身体性に触れたようだが、より分からなくなった。役者は自分にとってまだ不思議な存在だ。 






2022/8/28 j


10時から片付けをした。皆、連日の疲労が溜まっているようだった。片づけのポテンシャルは難しい。音楽を聴きながらやりたい。12時頃になって、夜の打ち上げのための買い物をしに行った。


13時30分になると、Iさんという会場から20分ほど離れている場所に家を持つ婦人が、私とYさんと東京の大学生を家の姫りんご積みに連れて行ってくれた。彼女は街中の40キロの標識に合わせて、車を走らせた。


夏の間だけ住んでいるという2階建ての大きなログハウスのような家の案内を受けたのち、小雨の中でたくさんのリンゴを収穫した。りんごは枝がしなるほど実をつけており、いくら採っても減らなかった。


30分ほど経って家に入り、お茶と甘いパウンドケーキを食べた。りんごは渋くて生では食べられないので、こうやって作るのよ、とりんごのジャムを味見し、レシピを印刷した紙をもらった。


15時頃、会場まで送ってもらい、1袋に2キロほどあるりんごを6袋と小瓶に入ったジャムを10個ほどいただいた。皆は明後日帰るし、それまではずっと片付けでくたくたなので、これらを食べれるようにするのは私とNとウトロの奥さんなのだろうなと思った。


りんごは、半分の量の砂糖で煮た後に、網で濾さなければいけない。また、枝と葉が付いているのでそれらを取らなければいけなかった。


もっと暇で、心が穏やかなときにやりたかった。今、手元にあるりんごを如何に腐らせずに食べるかという処理的な気持ちで心が動いているのは、とても苦しいことだった。



16時頃、皆が作業している中、N家に帰って何品か料理をした。ここのキッチンは広いように見えてとても狭いので、たくさんの品数を作ると物が溢れて混乱する。また、鮭を捌かないといけないので何か大変だった。


キャロットラペ、チョコブラウニー、ラタトゥイユ、野菜と鮭のオーブン焼き、野菜の揚げ浸し、ブロッコリーとジャコの炒め物、鮭グラタンを作った。


多分、私は人といるときにはなるべく豪勢にしたいという見栄か習慣がある。それは両親譲りなもので、彼らは自分1人のためだったら素っ気ない食事をするが、私や友人が来た際は何品も作ったり、良いものを買ったりして客人を楽しませ、自身も楽しんでいる。


それは彼らの身の丈を外れたものではないので、受け取る側も変な遠慮が必要なかった。キッチンから生まれるそうした手料理と団欒が好きで、その記憶を元に私も同じことを起こそうとしている。


しかし、実際にやってみると、買い物の時点から頭と体を使うもので、途中からは自分の行動原理が分からなくなった。ビールを飲むと緊張が解れて、ノリで料理ができた。


19時頃に手伝ってもらいながら料理を運び、薄暗い会場で乾杯した。煙草を吸うついでに手持ち花火をして、ウトロの奥さんと缶ビール片手に駄弁りながら、スポットライトの近くでレコードをかけて踊った。


ウトロの奥さんというのは、ここでの便宜上そう名称付けているだけで、実際は歳の近い友達だ。なんか違うけどなんか気が合うという感じだった。多分、お互いの違うところを尊敬しているのだと思う。


そのまま、24時頃まで色々な人がレコードを変えながら、酒を飲んで皆で踊り続けた。






2022/8/29 ほっけ


開放感に溢れてすごい疲れていた。やることといえば、ものを返却したり、荷を詰めるという作業的なことだったので、アドレナリンが出なかった。


なので、可愛いワンピースを着てみたが、動きにくくて何をする気も起きなかった。珈琲を淹れた。


昼は亜里洲に行って、私はハンバーグカレー、Nは生姜焼きを頼んだ。いつもならここで良い話をすることができるが、疲労が溜まっていた上に、隣の席のおばさまたちが永遠に喋っていたので、何に集中することもできずに目を瞑った。


起きると、ハンバーグカレーが目の前にあったのでひたすら食べた。珈琲を飲んで煙草を吸う。Nもラインなどの返事をしながら、目を瞑ったりして食事がくると食べていた。しょうもない会話をして店を出る。


午後は、あまりやることがなかったので、家でぐうたらしながら姫リンゴをどうにかした。


17時頃になると、アルプ美術館の館長の家で食事会をするというので、Nと歩いて向かった。道中、Nは鳥取の方言をたくさん教えてくれた。何か面白くていっぱい笑った。


婦人は、そうめん、おにぎり、野菜の煮浸し、とうもろこし、めんめのお吸い物、アスパラ、ホッケの煮物、春雨サラダ、サーモンマリネ、スイカを作って待ってくれていた。全てに時間と丁寧さを感じて、とても美味しかった。


数年前に浸けたこくわ酒なども、ブランデーのような味がして美味しかった。全てが美味しくて良かったが、何か妙に気を遣ってしまったり緊張して疲れた。Nの運転する車で越川温泉に行って、道中はほとんど寝た。






2022/8/30 見送り


朝起きて、随分放置してしまったプラムと一昨日の姫りんごをどうにかしようと思ったが、何もできずに昼を亜里洲で食べた。ナポリタンを頼んで、煙草をずっと吸いながら伊香保温泉の本を読んでいた。


13時前に会場に行って、バストリオさんとMさんと共に網走の方向へ向かった。彼らは今日帰り、私は2日後の9月1日に帰る予定だったので、帰りは私がこの車を運転して帰る。


道中に馬などを見て、網走のデリカップという喫茶店に寄った。薄暗い店内に入り注文をすると、私を含めたB型の3人はうろうろと店内の本を見に行った。A型の2人はどっしりと椅子に構えて会話をしている。血液型に偏見を持たないようにしているが、何かあるような気がする。


ウインナーコーヒーを飲むとすごく落ち着いたので、選択肢合ってた!と思って嬉しかった。あと、奢ってもらえて嬉しかった。


女満別空港に行く途中にあるリモというアイス屋さんに、Yさんたちや彼らの見送りで来たクライマーの人と集まった。私はレモンとイチゴのやつを頼んだ。これもまた奢ってもらったので、年齢が幼くなる気持ちがした。


空港はいつもよりずっと混んでいた。バタバタと荷物を預けたり、お土産を買っているのを見ていると、あっという間に搭乗時間が迫っていた。何だかまたすぐに会える気がする。


残ったクライマーの人と一緒に、展望台に行って彼らの乗った飛行機を見ていた。私はすぐに帰りたいと言ったが、もう少しと宥められて30分ほど飛行機を眺めることになった。






2022/8/31 最後の夜


朝起きて、荷物を片付けた。昨日買った大きな段ボールにプロジェクターや小物、服を全て入れて、クロネコヤマトへ持ち込んだ。N家にあったゴミを捨てにリサイクルセンターに行った。


昼は虚無に取り憑かれて、コンビニの餡かけ焼きそばを車の中で食べて、車に会場の荷物を積んだ。雨が降り始める。


その後、N家で姫りんごのジャムを3回戦と、そのジャムでできるか分からないタルトタタン、プラムジャム、プラムジャムのカスタードパイ、プラムケーキを作った。


ウワーッと作ったので、全てが美味しいわけじゃなかった。ピクルスとキノコのマリネを作って、仕事終わりのNと一緒に農家さんの家に寄って、ウトロの夫婦の家に行った。


農家さんの家では、Nは会場で借りていたものを両手に持ち、私は作ったお菓子を2つずつ持っていた。農家さん夫婦は玄関のひとつ段の高いところにいたので、私たちは何か貧しい物売りのようだった。ここに来ると自分の年齢を忘れる。


ウトロでは、2人が明るい家で待っていた。N家から持ってきた野菜や山羊肉を渡すと、よく分からないメキシコ料理?を作ってくれた。豆とトマトがくたくたになっていて美味しかった。


すると、何となくファッションショーをすることになって、可愛いワンピースに着替えた私は、奥さんに化粧をしてもらった。黄色やカーキ色など普段使わない色を目の上に乗せてもらって嬉しい。


Nは顔が良いのに、カメラを向けるとすぐにちょける。私と奥さんがキャピキャピすると女子会のような雰囲気になり、何だか懐かしい感じがした。














< 前の月           次の月 >


Comments


bottom of page