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2022年7月




2022/7/5


地元に帰るとき、電車に乗っていると絶対に体調が悪くなる。緊張が抜けるのか、慣れた記憶に体が鈍っているのか分からないが、腹の底が気持ち悪くなって、頭がぼうっとする。


大体は夕方なので、腹が減っているのもある。けれど、このドーンと押し潰される重力のようなものは、逃げようがなく、走る電車からすぐさま降りて外の空気を目一杯吸いたいと思う。


大抵眠ることもできない。澱んだ空気の電車の中で、皮脂の存在を強く感じながら、ただ時間が過ぎるのを待っている。そして、駅に着くと、全てのことを忘れ、気持ち良く家に帰る。


この2時間ばかりの時間がとても苦手で、特に1時間二十分くらいの間は、9時間の夜行バスの方が気が楽なのではないかとさえ思う。また、自身が周囲への気を使わなくなるような気がするので、それも含めて嫌になる。






2022/7/6 ブルーベリー


実家に来てみると、生活のことがよく分かる。母は仕事と家事をして、あやゆる場所へ用事を済ませる。そうした間に、あのスーパーのドレッシングは美味しいなどの地図を形成し、日々を生きている。


父は仕事と畑仕事をして、独自の健康的食事をしている。たまにサーフィンをしに茨城県に行く。

朝起きると、母は珈琲を淹れて、レアチーズケーキを作っていた。父は、少し離れた場所にある畑の草刈りをしていた。私は珈琲を飲みながら文章を書いたり、猫と犬に触ったりした。


母が目玉焼きやベーコン、サラダ、パンを用意して朝ごはんを三人で食べた。食後、ケーキに乗せるブルーベリーを取ってきてと促され、私は着替えて畑に行った。


造園のバイトのおかげで、長靴を履いたり、太陽の下で動くことなどが気楽にできるようになった気がする。嬉しい。現に、父はふらっと畑に行くが、母は滅多に畑に行かない。


畑に行き、ブルーベリーを40粒ほど採った。太陽は照りつけ、草の青々した匂いがした。


嘘みたいだと思った。この強い充実した生活を知っているせいで、私は移動を求めているのかもしれないと少し考えた。おそらく歳を取ったら、畑や家などを求めるようになるのだろう。


次の日は両親と温泉に行ったり、祖母と鰻を食べたりした。私にとって、こちらの方が「旅行」という感じがする。知床に行くことよりも全く現実味がなく、考えることが少ない。私の避難所。実家に帰ってもいいが、絶対に少しの間でないといけない。






2022/7/9 自然発火


昨日は、ただ続きがあるという理由のみで漫画を読んだ。内容に興味はないのだと思う。


1年前では予想のつかなかった生活に徐々に慣れてきている。慣れへの不安を感じ、それらを少しずつ壊している。


そうやって少しずつ壊して大きく壊れてしまったら、普通に戻っているか、普通に憧れるのだと思う。しかし、この普通はどんな普通なのか分からない。穏やかな日々。起こることが穏やかなのか、色々なことに対応している自分の心持ちが穏やかなのだろうか。


ここ数日、厚紙を切って箱を作り、その中に自分の文章を入れて郵送する作業をしていた。色々と落ち込んでだが、何もないことに対して落ち込むよりも、改善策のありそうな事柄に対して落ち込む方が楽しい。


自分の試行錯誤を得て、製品の成り立ちに機械と人間の動きを少し見て取れるようになった。チップ紙の折り目や、似たような素材のこと。


今日は先々週より涼しい。溶けない感じがする。家で何か作業をすると、生活を想う気持ちがなくなって食事や買い物が雑になる。気が楽。


毎日がこんな感じの疎かな生活をしたいと願っているけど、何故かずっと生活を考える生活をしている。






2022/7/10 アラスカ


深夜まで作業をしていた。体は疲れていたが、ハイになって元気だった。庭園のバイトを終えると、そのまま空港へ向かって、十六時頃には搭乗口の前の椅子に座っていた。


朝七時三十分から動いた体はしっかり代謝をしていた。今も、少し体が汗ばんでいる。バイト中は、体の水分と塩分のバランスに対して緊張し、安全な空調の効いたところにいるときは、そうした基礎から離れたものに対して緊張している。


汗が冷えてくると、お腹が空いたと感じた。体温が下がると腹が減るのか、腹が減ったから体温が下がったのか。


目の前に座っている小柄な親子は、飛行場の見える窓へ立ち代わり行き、写真を撮ったり、飛行機を眺めたりしていた。母が窓へ行ったとき、娘がぴっしりと閉じた脚をそちらに向け、じっと母と窓のことを眺めているのが良かった。


飛行機に乗った。女満別行きの飛行機はいつもゆったりとした時間が流れている。機内には大した変化が起きない。空気は一定に保たれ、少し明るくなったり、暗くなったりする。ここで変化があったとしたら、それは死ぬときだろう。


お金で他人に全てを任せているこの状況は、少し間抜けだと思った。私は大した緊張感も持たず、退屈に椅子に座って耐え切れない力で眠りこけたりする。


ゴーっとしたエンジン音が鳴り、上空の地平線が混ざった先を眺めた。地球と宇宙の合間。大気圏。何故か雲が白くてよかったと思った。



北海道の大地は、大きな畑のブロックが川のように唸って山々の間に食い込んでいる。遠くには堂々とした斜里岳があった。斜里岳の裾はこの地のエネルギーを吸っているか、吐き出しているか。


車で通ったことのある土地が見えた。夜に消えていく最後の抗いのように、眩い光に全てが包まれていた。もうすぐ全てが跡形も無くなってしまう。


網走でNと会い、日曜日の閑散とした商店街を歩いた。網走は日曜定休の習慣があるので、電気のついている店に適当に入ることにした。


少し怪しげな店の二重扉を開けると、お婆さんが奥の座敷に座りながら何かを食べていた。やっていますか?と聞くが、返事がない。もう一度、大きな声で聞いてみると、やっているよ、と言われ店に入った。


店内は、ヤニや油のせいで薄暗く、小汚い。カウンターに座ると、寿司屋のような低い冷蔵ケースの中に、よく分からないソース入れや器に入った魚の骨が入っていた。


鍋焼きうどんと焼きそばを頼み、ブラウン管テレビで選挙速報を眺める。店内は窓がなく、外の冷たい空気と打って変わり、澱んだ生ぬるい空気に満たされていた。


煙草を吸うと一層空気が悪くなる。しかし、そんなことはどうでも良いほど辺りは雑多とし、古ぼけていた。本当に店なのだろうか。


しばらく経って出てきた鍋焼きうどんには、冷凍庫から出されたであろう豚肉が固まって浮いていた。少し心配になったが、Nは特に気にしている様子もなかった。


食後、老人と少し会話をしたが、話が進むにつれて彼女は自分の世界に入り込んでいった。私たちを見る老人の目は、逆光で薄暗い。






2022/7/12 アイスコーヒー


Nは博物館の仕事で9時前には家を出た。私はあまりだらけることもできず、適当に朝食を食べると海へ向かった。


流木を拾う。草地と砂浜には流木が敷き詰められており、細いものから丸太のようなものまで様々な種類があった。私は白っぽものや茶色い皮がついたままのものなど、ある程度の太さのものを拾う。


そうやって少し仕事めいた気持ちで動いていると、私の目は本当に一部のものしか見えておらず、ここにはたくさんの良いものがあるのではないかと思った。



夜、てんてんてまりという店で、親子丼を食べる。親子丼には椎茸、ネギ、かまぼこなどの具材が入っていた。


20時過ぎ、農家さん夫婦の家に行き、東京で買った深煎りの珈琲豆と適当なお菓子を渡した。私とNは時間短縮のために2人で風呂を借りる。自分の家以外の風呂は公衆浴場と言ってもいいのではないか、という話をした。


風呂を出ると、奥さんが先ほどの豆でアイスコーヒーを淹れてくれた。4人で長方形の木のテーブルを囲みながら、最近の話や、小麦の収穫の話をする。


この辺りの小麦は、短い時間で効率的に乾燥工場を稼働させるため、ある集団で一気に小麦を収穫するのだという。それが「麦作集団(ばくさくしゅうだん)」という名前だったので、文字の響きの物騒さに皆で笑った。


その後は私と主人でビールを少し飲み、Nはリビングで気ままにストレッチをし始めた。すると、皆が床に座ってNの真似をし始めたので、30分ほど互いのストレッチを教え合う時間になった。


22時過ぎ、農家さんの家を出て帰路に着く。道中は、街灯のない畑の間を通るので、車のヘッドライトだけが頼りだったが、車内から星が見えたのでヘッドライトを消した。


灰色の道路と白いセンターラインがぼんやりと見え、遠くには斜里岳の暗い影が見えた。あの大きな美しい影から、この夜の気配が生まれているのだと思った。


遠くに見える車のヘッドライト。防風林越しに見るそれは、チカチカと点滅している。ウサギが一匹、車に轢かれて死んでいるのを見た。






2022/7/13 なつのひ


午後からオンラインで打ち合わせがあったが、頭がはっきりとしないので温かいご飯とキムチなどを食べた。


その後、海に行った。海パンを履いていたので、腰あたりまで海に浸かる。冷たい。足元の砂の凹凸を足裏で確かめながら、冷たい水の流れを感じている。遠くには知床連山、足元の海は遠い遠いところまで続いている。何故か、頭や心の靄がとれるような気がした。


家に帰ると、20分ほど水に浸かっていただけなのに少し疲れていた。下げた体温を維持することは、体感よりも大変なことなのかもしれない。芯まで冷えた足先で、海のはっきりとした感覚を思い出しながら、打ち合わせをした。


夕方、斜里海岸で花を集めた。黄色いフワフワの花と小さな鞠のような黄色い花、葦、オレンジ色のエゾスカシユリを小さな花束のようにして、Nの家の花瓶に挿した。


Nが仕事から帰ってくると、花を見て、ワーっと喜んでいたので驚いた。少し前から作っていた料理をテーブルに並べて、食卓に着く。


玉ねぎとトマトのマリネ、ネギのポン酢漬け、ささみとブロッコリーのサラダ、豚汁。適当な音楽を流し、ビールを飲みながら食べる。さっぱりとした夏の夕方に似合った風景だったので、楽しかった。蚊取り線香の匂いがする。






2022/7/14 なんでもない日

午前中から作業をして、流氷テーブルを1つ作った。午後は近くの高校へ行って宣伝をした。高校に入って私が少しふざけていると、Nに怒られた。


夕方まで明るい日差しの中、会場の芝地でゴロゴロして、スーパーに買い物に行った。


夜は、私が魚の唐揚げとあら汁、ささみとネギの和物を作り、Nがサラダとブロッコリーの酢漬けと大角豆の煮物を作った。ウトロの奥さんと東京から来た男性(以下、Yさん)と一緒に食べて、ビールを飲んだ。


たくさんの品数があると安心する。人と食べるときは、残すくらいの量があった方がいい。大皿ひとつと、小皿がいくつかあるテーブルが好きだと思った。


少しすると奥さんは軽トラでウトロへ帰り、私たち3人は風呂へ行った。帰りのコンビニで赤ワインとビールを2本買い、ビールを先に飲んでいる間にNが眠り、私とYさんでダラダラとワイン瓶を飲み干した。彼との出会いがウトロの夫婦を交えた飲みの席だったので、飲酒以外でのコミュニケーションがいまいち分からなかった。






2022/7/15 鳥ウイルス


朝起きると昨晩の酒を感じたが、普通に生活できそうな体だった。珈琲を淹れて、パンを焼き、ジャムを乗せて食べる。


Nは10時30分から歯医者だというので、それまでは海に行って適当に流木を拾った。前浜という海岸に行き、立ち入り禁止と書かれたカラーコーンの奥に続く堤防を歩いた。斜里川の河口に行き、砂浜に寝転んだ。


そこでは耳の穴や鼻の中、生え際、顔、至る所に砂がくっつき、1日中ベタベタすることになった。Nは、私たちの近くにあった鳥の羽を見て、民族学の考え方を話し出した。


鳥の死骸には、鳥ウイルスの菌が残っているかもしれない。それは一体、鳥が死んだということだろうか。アメリカのある民族の人々は、鳥の個体が死んだからといって、鳥が死んだとは考えないと言った。


彼らの知能や知識が浅いわけではなく、物事の捉え方の問題なのだという。ふーん、と私は言ったが、色々な考え方や物事が広がるような気がした。


Nを歯医者に送り、Yさんと一緒に会場でだらだらした。昼は来々軒という味のあるラーメン屋に行って、激辛ラーメンを食べた。そこまで辛くない。



21時37分。東京へ戻ると、あらゆるもののものの見え方が変わっていた。東京の空気は街を閉じ込めているようで、人々もあまりスッキリした顔をしていない。


知床は、朝晩、いつでも風景が変化して見えた。東京はあらゆるものを修復し、壊し、新しいものを作り続けている。たくさんの人が住んでいるので、そうやって仕事を生み出している。






2022/7/16 バイト


昨日まで北海道にいた体が、東京でバイトをしている。この状況を設定した私が、本当に今の私なのかと疑った。日陰でサボりながら庭を掃除する。


このバイトの良いことは、日差しの中でハキハキ動いている体を感じられることだと思う。それが健康で良いことだと分かる。


岩田、岩波、とバイト先で呼ばれる。土曜日に一緒に働いている歳を取った人たちは、私の名前を覚えていない。それでもいいと思っているので、岩と付いて、顔がこっちを向いていたら返事をする。


昼はいつもコンビニのおにぎりやサラダ、春雨スープを食べる。夏場は1Lのポカリスエット。それ以外は水を飲んでいる。






2022/7/17 飛行機


カロリーメイトとコーヒーを食べて、朝6時。もうすぐ家を出ようとしている。十分ではなさそうな準備の荷物。4日後に帰ってくる部屋。


バイトが終わり、三田駅から羽田行きの快速電車に乗った。都営浅草線のホームは、地上から少し降りたところですごく冷たい風が吹いている。汗ばんだ皮膚と服が急速に冷えた。


飛行場では、色の黒い男たちが様々な機械を操り、荷物を載せたり、車輪の留め具を外したりしていた。飛行機から放出される熱によって、空港の風景はいつも揺らいでいる。


飛行機。無機質な羽のついた塊が、空に消えていくのはいつも不思議だった。何台も何台も同じような角度で薄水色に消えていく。地上だと鈍臭く見える。

私は、機体のエンジンの音や揺れを多少感じるが、外の空気や風を感じることはない。青い光を内に灯し、空気は常に天井から供給され、左右の壁の下部から床下へ流れている。


動き始めそうな時間が20分ほど。太陽の光を見ていると眠っていた。雲は近くにあってもぼやけて、遠くにあってもぼやけている。

文章を書いていると、乗務員さんによって読書灯がつけられていた。この飛行機には30人ほどの人間しか乗っていないように感じる。夜の女満別空港に着いた。






2022/7/18 ブロ


Mさんが斜里に住む方からもらった大きなブロッコリーが家に3つある。


飛行機という星、惑星、宇宙船。冷たい夜に上を見上げていると、光る星が動いていた。飛行機だろうか。私も星になれるのだ。確かな地上から遠く離れて、もっと冷たい夜の中へ。


今日はグリーン温泉でネットで泡を立てて洗っていると、おばさんに背中を洗ってもらった。彼女はネットの泡をとって、素手で私の背中や肩などを撫でてくれた。


私はまだ彼女の背中を洗っていない。人の背中を洗うのは少し勇気がいる。おばさんたちは何かと話しかけてくれるが、湯が落ちる音と天井の低い風呂場で反響する音のせいで、何を言っているのか分からない。Nと笑顔で適当に返事をする。


こういうとき、顔の表情筋を全て使って笑っている自分は誰なのだろうと思う。けど、普通に世間話をするよりも、こうして服を着てない方が何故だか話しやすい。隠すものがないのは気が楽だ。






2022/7/20 トマト


バストリオの二人とMさんと一緒に網走に行って、珈琲を飲んだ。町外れにある蔦に覆われた古い店で、女性の老人がサイフォンで淹れてくれた。サイフォン式は癖があまりなくて、飲みやすい。


そこで、彼らは私に興味を持ってくれた。私への質問を投げ、私の言葉を丁寧に聞いた。人に話を聞いてもらうとき、自分の言葉が自分の体を超えないように気を付ける。


色々と話していると、店の人をも巻き込む話題になった。喫茶店の店主は網走の地方紙を発行している人で、私たちのやっている葦芸に興味を持ってくれた。主にバストリオの二人が店主と話している。


少しすると、網走で取れたという赤い苺を出してくれた。冷たくて美味しい。


彼らは外食した際などにチラシを配ったり、自分たちの意思を伝えて宣伝をしている。すごいなあと思いながら、見ていた。息抜きで入った店などで、自分の正体を明かして意思疎通を図れるほど、私は葦芸に意気込んでいないのだと思う。


店を出て昼食を食べようと店を探したが、昼の時間を過ぎていたのでどの店も閉まっていた。なので、諦めて車を走らせる。女満別空港にいく途中にある道の駅の小さなフードコートに入った。


皆、無言で丼を食べる。小皿には漬物とワカサギの佃煮、山芋の千切りの妙なバランス。彼らを女満別空港まで送り、道の駅で黄色いトマトと東京へのお土産を買って帰る。道中、とても眠くなったので網走湖のほとりで眠った。


夜は焼きうどんと茹で野菜、トマト、ブロッコリーと鶏ひき肉のスープを作った。






2022/7/21 馬と流木


午後、東京へ行くために斜里駅から電車に乗って網走駅へ向かった。1時間ほどの道のりは、よく車で通っていた道のすぐ側だった。


いつも見ていた風景を少し高台で眺める。左手には海が見えて、右手には濤沸湖の湿地が見えた。たまに馬が草を食べている。






2022/7/22 む


暑い日。午前の打ち合わせ後、適当な服で服屋に入り、試着して帰らないということをした。楽しい。全く買うような雰囲気を出していないので、店員に相手にされなかったが、とりあえず着てみて、似合わない!と驚く遊びをした。


夕方、最寄りの駅で髪を切った。適当に切ってもらうと、ミニボブというおかっぱになった。高校生の時もこんな感じだった。






2022/7/24 夏


バイト先。石畳と蝉の声、苔、夏の風が、年に2回ほど行っていた墓参りの感覚を思い出す。鳥の糞をデッキブラシで擦っていると、祖父の墓石を綺麗にしている音がしたので心地よかった。


意識がぼうっとする。眠い?のか、分からない。頭痛は治った。地下鉄の入り口に近付くだけで涼しいので、電車の轟音も少しは許せる。






2022/7/25 室外機


朝、ラジオを聴きながらドタバタ作業をして家を出た。久しぶりに中央線に乗った。いつもは空いている総武線に乗っている。隣の男の人は、天ぷらのような匂いがした。


最近は五時間か四時間睡眠が続いているが、意外と平気なのでよく分からない。六月頃までは八時間や九時間ほど眠っていた気がする。忙しいときは用のない時間が恋しくなり、暇な時は忙しい時間が恋しくなる。


徐々に、忙しいと暇の間隔が変わってきている。今年上旬の暇な日は、本当に何も予定がなく、街をぶらつき、釣りや名曲喫茶に行っていた。移動の多い今は、夜の数時間や朝の数時間を暇な時間として認識している。普通の大人みたいだ。



自分の部屋の眠りと、知床のNの家の眠りは全く違った。私は自分の部屋に対して、多少なりとも愛着があることを知った。対して、Nの部屋には無責任な愛着がある。


どうして他人の物には、自分の物のような愛着が湧かないのか少し不思議に感じた。まるで、物自体にそうした要領があるみたいだ。


そんな感じで、他人が好まないものには少し愛着を感じる。同情なのかもしれないが、道端などでそうしたものを見つけると嬉しくなる。


成田空港までの電車の最後の方は、暗くて寒くてうるさい。女満別行きは、熊本行きよりも歩かないで済んだ。隣の席の段のパンフレット、「知床、阿寒」が、「知床、阿蘇」に見えて驚いた。






2022/7/26 うろろ


朝頃から夕方まで木工の作業をして、夜はタコと夏野菜でラタトゥユ、そうめん、鶏肉のネギだれを作った。ビールを飲んで、少し踊った。21時30頃に温泉に行き、背中を洗ってもらったと思う。






2022/7/27 桃


木工作業をして、Yさんと海に入った。人と行く海は狭く感じて、一人で来たときのような冷たさや静けさはなかった。


首下までガッと海に入り、灰色の砂浜と太陽で体を温めた。体の表面についた水分が砂に染み、太陽の元へ帰っていく。波の音。何も気にしたくない。


Yさんが木を彫っていたので真似すると、不細工な鳥のようなモグラができた。Nの実家から桃が届き、冷たくして食べる。シャリシャリとした食感で甘い。


明日は斜里岳に登るというが、何を持っていけば良いか分からないというと笑われた。






2022/7/28 山登り


朝4時30分に起き、斜里岳に登った。とても疲れた。体はすいすいと動くことができるが、体力がないのですぐに疲れる。疲れた体は危機能力が落ち、足などをすぐ岩などにぶつける。


小雨が絶えず降っていたので、衣服が濡れて体温が下がった。ぼうっとして嫌な気持ちになる。しかし、動き始めると体温が上がるので元気になった。


晴れていたら見晴らしの良い蝦夷松の道は、霧で霞んでいた。2人から距離をとって歩いてみると、霧の中で聞こえる清い熊鈴の音が気持ち良かった。1人の方が山と近しくなれるような気がするが、1人で登る気力はない。


勢いで下山して温泉に入る。温かいお湯が冷たい体に染みた。登山とは、どうしてこんな大変なことをするのだろうと思った。


夕方はウトロに行き、羅臼でご飯を食べた。初めて会った自然センターで働く女性は、気が良い人で酒を飲まずとも楽しく会話ができたと思う。ヤクザゲームが好きだと言うと受けが良かった。


夜は真面目な話をして、ウトロで寝た。隣ではNがいびきをかいて眠っている。






2022/7/29 遅さ


時速60キロでは振り落としてしまうものがある。農業用の機械は、普通に走っているときは遅いなあと思って抜かしてしまうけど、自分がその速度を出すと何故か気持ち良くなる。ぼうっと畑を見つめながら、流れていくジャガイモの花や黄色くなった麦などを眺めた。


昼はなぜかキーマカレーを作った。スパイスから作ったことがなかったので、どうしたらあのコクが出るか分からなかったが、何とかした。


自分的にはうーん?という感じだが、2人は美味しいと言った。キーマカレーと茹で卵、ピクルス、濃いアイスコーヒーの組み合わせはとても好き。喫茶店みたいな感じがする。


Nは慌ただしく、近くの施設への告知や、女満別空港への出迎えへ行った。私とYさんはお茶を淹れて、冷たい桃を食べる。


今日の夜から人々が集合して、会場の準備などが始まるだろう。その意気込みで、私はカレーを作ったのだと思う。






2022/7/30 準備


今日から、バストリオの人たちとMさん、ウトロの夫婦、Yさん、Nと一緒に開場に向けての準備をするらしい。朝、10時頃に会場に行くと買い物の運転を頼まれた。


バストリオのKさんと買い物に行って、ホームセンター、ダイソー、スーパーに行った。人それぞれで物を見るテンポや行動が違うので面白い。主に、掃除用具や洗剤、珈琲の備品を買った。


私は店の配置を結構理解し始めていた。この街の地図も、なんとなく頭にある。


夜はいくしな小学校で眠った。光源を隠した電気の裏側から見る虫たちは、ストロボのように痕跡が見える。酒を入れた体で寝袋に入ってしまえば、どこでも眠れる。






2022/7/31 海に行った


昼頃までNと車を洗車したり、買い物をしたりする。午後はクリエーション。みんなで海へ行って1時間ほど考え事をした。


海岸にはあらゆるものの流れがある。

葦の群、鳥の足跡、タイヤの痕、貝殻の砂。

7月11日、なおちゃんとここで肉を焼いた。

そのときの匂いや流れは、今どうなっているのだろうか。

20歳ほど歳の離れているMさんと横並びに堤防に座って、浜辺の家族を見ていた。俺も子供が欲しかったのにいつの間にか歳を取っていたこと、人との距離感について話した。知床連山を見ながら会話するのは、普段よりも話しやすい気がする。


深夜、山の中にある無人の越川温泉に行った。とても眠いのでNとYさんが運転して、後部座席で眠る。星が見えた。


ここは、自分の車のバッテリーを繋げて建物の灯を付けるが、中にいた一人の男性は電気をつけずに風呂に入っていた。男性はだらしない体をして、酒などの飲料を風呂に持ち込んでいたとYさんは言った。ここのヌシと呼ばれる人かもしれない。


風呂から出ても、私は始終横たわっていた。心配される。途中から、私はある程度元気で、心配されるためにこんなことをしているのではないかと思った。つくづく自分が嫌になる。














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