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2022年3月





2022/3/1 な


日曜日から急に気温が上がった気がする。昼間に用事があると、浮かれて薄着で家を出るので夜が寒い。けれど、その寒さも耐え忍ぶような寒さではなくて、惜しむような寒さに変わった。


一昨日は、友人と銀座に行った。集合時間と場所が、会う3時間前に決まる。伊勢丹の前に集合して、和光の裏路地にある喫茶店で、珈琲とケーキを食べた。

今日は、朝にサツマイモを食べて何だか嬉しい気持ちになって、午後まで何もできなかった。夕方に水道の業者が来るというので、その前に高円寺に行った。


目当てのペンを5本と紙を買った。老人はそれを1枚の包装紙に包んで、綺麗にまとめてくれた。空気と体が同じような温度だったので、服を着てないと思って焦る。


服を着る理由が、防寒ではなくなってきている。大きな変化だと思った。今年は日記を書いているせいか、気温のことを割と覚えている気がする。


16時過ぎになって、業者の男が来た。狭い部屋で私はどうしたら良いか分からず、パソコンのキーボードを撫でていた。すると、隣の人が来て、夜勤で仮眠中だから音を立てないでくれと言った。初めて隣人を見たけど、少々目がキマっている細身のおじさんだった。田舎の若者が着るような服を着ている。

業者の人は1、2時間いたが、結局は外の水路?が詰まっていたらしい。どうにもならないので、今日のところは仮の補修をして、また来るということになった。その間、私は粘土をいじっていた。


設備の老朽化が原因だった。なので、修理の代金はオーナー持ちになる。少し解決したような気持ちがして、白米を炊きたくなった。水に20分ほど浸けた米を土鍋に入れて炊いた。美味しかった。


その後、ぼーっとしていると、オーナーという夫婦らしい人が来て、この度はすみません、と銭湯の券とお菓子をくれた。私は状況がよく分からなくて無愛想だった。こういうことがあると、日記を書いていて良かったと思う。





2022/3/2 契約


カレーを作る。材料を買って帰ると、水道業者の人が大きな機械で排水溝をいじっていた。


仕事が早い。少し挨拶をされた。排水溝をいじっているのにカレーの匂いをさせてしまって申し訳ないと思いながら、カレーを煮てご飯を炊いた。


ご飯がたくさんあるのでいっぱい食べてしまう。これが怖くて、ずっと米を炊いていなかったのだと気づいた。米の代わりに、1束に決められている蕎麦やうどん、パスタを食べていた。


お茶を飲んでいると業者の人が来て、流れを確認してと言われたので、水を流してみたら排水が良くなっていた。風呂場が下水臭かったが、まあ治るだろうと思って業者の人には言わなかった。


その後、ネットサーフィンをしていると再びチャイムが鳴った。2日連続でこのアパート関連の人々が訪れてきたので、何の躊躇いもなく扉を開けた。


すると、若い男性が黒いファイルを持って立っていた。この前にもwi-fiの工事をしたとかで説明されたので、そういう関連かなあと思う。言われた通りに進めていると、何か新しい電気の契約を結ばされていることに途中で気がついた。


これってオーナーさんからの依頼ですか?と聞くと、いいえ、個人のお宅にお邪魔して契約させていただいております、と言われた。全然分からないことを契約してしまっている。


結局はその契約を結ぶ条件を満たしていなかったので、無事に何事もなく終えた。個人情報を記入した紙はそのまま持ち帰らせてしまったが、もういいか。疲れて、その後どうやって過ごしたのか覚えていない。





2022/2/3 そうじ

今日は10時からゼミ室の掃除だったけど、学校に着いたのは11時だった。申し訳ないと思ってゼミ室に行くと、作業していたのは3人だけだったので歓迎された。彼らも遅れてここに来たと言った。


隣のゼミ室?まで置かせてもらっている木材や廊下の木材も全て捨てるというので、大きな台車に木材をたくさん乗せた。家具のバイトのゴミをまとめるときに似ている。


ゴミストとゼミ室を何度か往復した。暖かくて、人がいない学校を歩いていると、何だかいい気分になる。また、初めてまともに話したような人もいて、来て良かったと思った。


今日までの日々は基本家にいて、中央線の数駅分の移動しかしていなかった。なので、小平市の小さな畑やのんびりとした住宅街が新鮮に見える。また、鷹の台駅から学校までの道のりに、葉っぱや木のみ、落ち葉、木々、枝、鳥など様々なものが見えてしまい情報量が多かった。


卒業が近いせいで、ここらへんの様々なものが良く見えているような気がした。惜しむ気持ちがあるのだろうか。夜に、カレーを食べ終えた。




2022/3/4 作業


学校で優秀展用の什器をつくった。手作業の時間が増えると、普段の生活が少し変化する。電車に乗りながら聞こえる音が、音楽のように聞こえた。

作業中の無心な心持ちは、心が洗われる気がする。表れる?作業がどんなに辛くても、手の感覚に従って自分の基準を求めながら、徐々へ近づいていくのはいいことだと思う。

私は、木工作業をするときに手触りで色々と確認している。これくらい滑らかになればいいやと考えて、遠目でそれらを見ることがあまりない。手の触覚が、塗装後の見た目への想像と連結されているのだと思う。無意識的にそう感じとっていることに驚いた。


工作センターが16時30分までだったので、まだ明るい玉川上水沿いを歩いた。この時期の夕暮れは、ホワホワしてしまう。すると、急に、男性の怒鳴り声が聞こえた。


速度を出していた大きめの車が、バイクの男性と接触したらしい。バイクに乗っていた男性が車に向かって吠えていた。こういった声を聞くと、自分が怒られているように感じる。


少し落ち込んで、橋を渡った方の川沿いを歩いていると、拳ほどの大きさの鳥が木に留まっているが見えた。カラスが鳴きあって、4羽ほどでどこかへ移っていく様子や、傘が綺麗に木に引っかかっているのを見つけると、男の人の怒声を忘れていた。


夜は、サークルの同級生と3人で電話をして、島根に行くことになった。そんなに仲が良いのか忘れてしまったが、誘われるなら着いていく。また、彼らは私のことを下の名前で呼ぶので、またしてもそこで、そんなに仲が良かったっけ?と思った。




2022/3/5 空き家


今日も学校に行って作業をする。昼頃、日向で塩パンとくるみチョコとホットコーヒーを食べた。夕方に友人と遊ぶ約束を思い出した。


18時頃、友人の最寄りの駅に着いた。彼女の引越し先の街。そのまま、こじんまりとした料理店に入って、ハンバーグピラフを食べた。感じの良い夫婦が経営していて、テーブル席に座るなり、コロナ対策のアクリル板を外された。何のために置いているのだろうか。


すっかり陽が落ちてから店を出て、家へ向かう。住宅街を歩いていると、何ここ?という場所に出た。えっこわ、と声に出すと、うちここだよ、と彼女はすぐ隣のアパートを指差した。

部屋は広くて、まだ閉じられた段ボールがたくさん残っていた。本来ならコンロがある場所にどら焼きとコーヒー豆が置いてある。部屋の電気は、寝室の小さな豆電球とキッチンの蛍光灯1本しかなかった。大きな窓はシャッターが降り、出窓には段ボールが重ねられている。


妙な不気味さに思わず笑ってしまった。珈琲を淹れてくれるというので、キッチンの床に座り込んで彼女の電子タバコを吸った。少しずつ会話をしながら、ゴリゴリと手挽きのミルを一生懸命回している。


大きな冷蔵庫の横には、ゴミ袋や段ボールが溜まっていた。座って見えるのは、いくつかのスパイスの瓶と塩、洗剤、玄関に置かれた2人の靴。玄関の横の窓にはガラスの白鳥の置物と白い小さな焼き物の花瓶が置かれている。


珈琲が器に注がれると、彼女も私の横に座った。風のような激しい換気扇の音が響く中、1つの電子タバコを交互に吸いながら珈琲を啜った。


2人で空き家に忍び込んで勝手に休んでいるみたいだね、と言うと、私もそう思うと言われた。そのまま1時間ほど座ったまま、これからのことを話した。全く現実味がない。

飲み終わると部屋へ移って、カーテンをどうにかしようという話になった。私の母がカーテン屋で勤めているので、母に連絡して見積もりをしてもらう約束をした。母の声が電話のスピーカーで部屋中に流れるとなんとなく安心して、この部屋に生活が訪れる予感がする。


2人でカーテンの寸法を測っていると徐々に元気になって、彼女は段ボールを開け始めた。棚に板を置いて本を並べてみると、部屋は急に人間らしくなる。

私は、袋に入った様々なものを洗面所、文房具、電池、ライター、ゴミなどに分けた。気が付くと23時くらいになっていたので帰る。適当に駅の方向へ進んでいると駅に着いた。






2022/3/6 べこ


平日に何かあるわけでもないが、日曜日だったので昼まで寝てみた。昨日行った家の人が、隣人たちとわいわい仲良く過ごしている夢を見た。そんな予感もないのに。あと、日曜日だったので布団とか毛布を洗ってみた。


最近、かぼちゃの煮物を上手に作れる。祖母がよく作ってくれたのでそれを思い出して作っている。けど、この前祖母がつくった煮物を食べたら、水っぽくてあまり美味しくなかった。


祖母の代わりに私は美味しく作れるようになったのだと思った。祖母の役割を少し引き継いでしまった。


あと、箸がどこかへ行ってしまったので、割り箸を使っている。料理している最中は割り箸で問題ないのだが、食事中の割り箸はかなり違和感がある。お弁当などの割り箸には何も感じないが、食器を往復する割り箸を見ると、不思議な感じがする。


1番の違和感は、口に入るときだ。割り箸の主張が強すぎる。全てに割り箸の味と香りがするし、普通の箸よりも2回りほど大きい。食事をしているときは、早く箸を買わなければと思うが、食事が済むとすっかり忘れてしまう。

数年ぶりにお茶漬けの素を食べた。1998年のCMがふと蘇ってきたので買った。美味しかった。けど、そのあとピザが食べたくなったので、夕飯はピザを頼んだ。ピザは、シーフードとミートミックスが半分ずつのっているものを頼んだが、ミートミックスの下にある椎茸のようなものが良かった。何あれ。






2021/3/8 春じゃない


朝、学校へ向かうために電車に乗った。お腹が鳴ったのでうどんを食べたかったが、まだ開店していなかった。最近は、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟を読んでいる。


今日は、今までの春の暖かさが全て嘘だったのかもしれないと思うほど寒い。寒さに対しての体の強度が、既に失われている気がする。厚着の仕方を忘れてしまった。


歩くのが億劫だったのでバスに乗った。あまりバスに乗る機会がないので、気持ちが良くなるか悪くなるかのどちらか。今日は良い方だった。今宵の月のようにを聞いた。この感傷はきっと長続きしないので、力を抜いて気持ちを傾ける。


学校で作業をして、16時に学校に出た。17時から業者の人が風呂場の工事の見積もりを出すというので、家に来る予定だった。数分待たせてしまった。


見積もりの採寸は10分程度で終わった。19時40分の夜行バスに乗る予定だったので、シャワーを浴びていると、チャイムが2度鳴ったが無視した。ご飯を適当に食べて、リュックを背負って新宿へ向かった。


バスは4列シートで隣はいなかったが、座席の間に設置されている壁のようなもののせいで座席は狭かった。日中はたくさん動いたのにあまり眠くならなかったので、全てのパーキングエリアで降りてみた。1番良かったのは鈴鹿インターだった。鈴鹿という地名が好きなのと、鈴鹿サーキットの文字が見えて嬉しかった。






2022/3/9 出雲


8時30分頃に島根県の出雲市駅に着いた。11時間ほどの移動だったけど、駅で身支度をして小さな公園でコーヒーを飲むと、今日1日が今から始まったような気がした。


9時過ぎにレンタカー屋の前で他の2人と集合して、車を借りる。山中のカーブが続くところに、目的の窯はあった。家と作業場が同じ敷地にあるらしく、作業場では夫婦と弟子らしい若者が熱心に粘土を触っていた。


室内は、ひっそりとしている彼らの気配でいっぱいだった。私は外に出て周りを探索した。物を拾いながら、昔使っていたであろう煉瓦か土で作られた大きな窯を見つけた。


その窯は中の空洞を保つほど丈夫だったが、外側は雨風によって柔らかくなり、たくさんの植物が根を下ろしていた。中には、細い木々もあった。綺麗だと思った。


また、庭に植物が入っていたであろうプラスチックのポットが10個ほど重ねられて、1番上に植物があるのをみたときも綺麗だと思った。家主の忠実さと適当さがみられたような気がした。なので、私がここで覚えていることは焼き物以外のことだと思う。


連れはというと、1人(以下D)が釜にあった山陰の陶芸の本をひたすら携帯でメモし、もう1人(以下E)は皿を買って適当にふらついていた。


また、Dは免許証は持っているもののほとんど運転のできない男で、交通の不便な地方の釜を見るために私とEを誘った。彼の厚かましさには呆れを通り越して、尊敬すら感じる。

再び出雲市に戻って、割子そばを食べた。その後、出雲大社に行って有名な大しめ縄を見て、その重量感にびっくりした。意味が分からないくらい大きい。毎年変わるようで、今もどこかでこの作業をしている人がいると思うと、なんだか不思議な感じがする。


信仰や古事記の詳細は知らないが、こういう場所に来ると人々が集まる理由が分かり、自分もその一部なのだと知って、良い気持ちになる。皆に守られている場所は、空気が澄んでいる。


20時前にレンタカーを返却して、宿にチャックインして近くで酒を飲んだ。会話の内容など覚えていない。


2人は就職をするというので、その億劫そうな気配や、就職をしない私への疑問や多少の軽蔑を感じた(あまり興味が無いのだと思うけど)。23時頃に宿に帰って、共同のキッチンで焼いた味付きてっちゃんとハチノスと一緒にビールを飲んだ。美味しくて驚いたが、もし1人でこんな人たちと出会ったら嫌だと思う。






2022/3/10 汽水


感じの良いゲストハウスのひと部屋に川の字になって寝た。朝は出発予定時刻の20分前ほどに起きた。1番遅かったが、着替えて化粧をして、荷物もまとめられた。Dはまだ髪を乾かしていた。


1時間ほどの電車に乗って、出雲から松江に移動する。近くに知り合いがいると、景色や街並みに対してあまり感傷的にならない。


けど、不思議と音楽に対して感傷的に陥りやすい。昨日はちょうど3月9日だったので、レミオロメンの曲をDが車で流すと、なんかそれっぽくて面白いなと思った。


松江に着いてすぐにレンタカー屋へ行って、車に乗り込み、肉肉しい店で昼ごはんを食べた。湖の近くのコンビニでアイスコーヒーを買うと、Dが湖の方へ歩いていくのが見えたので追いかけた。Dが海の匂いがする、と言うのでみんなで舐めた。薄い海水の味がした。


色々みて松江まで戻る。1時間ほどの道を運転しながら、小沢健二とスチャダラパーの「今夜はブギー・バック」を聴くととてもいい感じがしたけど、2人とも眠そうだった。


ゲストハウスに着くと、一軒家が私たち3人の貸切らしく、好きにしていいよと面倒見の良さそうなおじさんに言われた。


キッチンが広かったので、自炊をすることになったが、おじさんの話が長かったため、スーパーの閉店20分前ほどに滑り込むことになった。面倒臭いので鍋になる。


3人とも1人暮らしをしていたので、手際よく買い物をして、食材を切り、鍋を作った。小さな携帯でトムとジェリーを見たことを覚えている。洗い物をして、眠かったので先に寝た。




2022/3/11 砂丘

宿を出て、駅まで宿のおじさんに送ってもらった。道中では、彼の少々胡散臭い話を聞いていた。また、こちらから聞いてもいないのに、彼はどこかの大陸を1人でバイク横断したと言った。


松江駅に着いて、Eと私は鳥取行きの切符を買う。Dは松江に残って、昨日は閉まっていたセレクトショップに行くらしい。じゃあ、と軽く手を振り、ホーム行きのエスカレーターに乗った。


電車で私は本を読み、Dはカメラや携帯やパソコンを触っていた。古い電車に乗ると、どうしても音や振動がよく聞こえて、走っている速度が遅く感じる。電車に乗っていることを忘れる隙がない。


鳥取駅に着くと、弁当を買って駅前からバスに乗り、鳥取砂丘に向かった。バスの中は座席が少なかったので、私は窓際に立っていた。電車同様に褪せた色をしたバスに揺られながら、鳥取の街並みを見る。商店街のような通りが長く続いていた。ゆったりとした街。


鳥取砂丘に着くと、そのバス停で若い観光客らしい乗客は全員降りた。砂丘までの10分ほどの坂道を歩く。砂丘は観光地だが、丁寧に説明すぎる様子はなく、決められた道がなかった。なので、とりあえず高い場所を目指して歩く。


革靴を履いていたので、歩きにくかった。1歩進む度に、足が砂に沈み、足跡がついていく。丘を登る際は、少し登っただけで息が切れた。


砂丘には、観光客がたくさんいた。けれど、人の話し声や存在が砂に吸収されていて、本当の人の数はよく分からない。


頂上からは大きな海が見える。砂の黄色と対比して、とても青い。海側に腰を下ろして、弁当を食べた。


広大な景色を見ていると、空腹具合が曖昧になる。体の存在がぼやけて、意識がこちらにあるのか、どこかへ漂ってしまっているのか分からない。本当に喉を通った食べ物が自分の腹に溜まっているのかよく分からなかった。


ホタルイカの辛子味噌漬けが美味しかった。イカの頭と目の感触を覚えている。海を見ていると、体がありのままに残っている食べ物が自然に感じる。丁寧に作られたものを食べるのは、室内が向いている。


食事を終えたEが、靴を脱いで海への坂を駆けて転がった。私も裸足になって砂に足を埋めた。奥に入るほど、湿っていて冷たい。煙草を吸う。この場所で煙草を吸いながら、カメラを構える73年前の土門拳の姿を思い出した。


全くそんな力強くいることができない。煙草を咥えたまま、寝転がって砂に埋もれた。抗えないことに心地よさを感じた。カメラを持っていない私は、この土地に対して何もすることができない。

裸足のまま周りを少し歩いていると、冷たくなった足元がほんのりと暖かくなった。坂を降りて海の手前まで行ってみた。間近で見る海は荒々しかった。舐めてみるとかなり塩辛い。


砂丘で人々が小さく少しずつ動いている様子を見て、彼らのひとりひとりに住む部屋があり、何かさまざまな形で社会と繋がっているのだなと考える。か弱い生き物なのにすごいと思った。知らない人々の平和や幸福を願う。


鳥取駅に着き、商店街の喫茶店で軽食を食べて駅で別れた。彼は大阪行きのバスに乗って、私は米子市まで戻ってから、新宿行きの夜行バスに乗るつもりだった。乗り込むと、松江から乗ったであろうDが車内にいた。






2022/3/19


10時20分頃の総武線で、男の子がてっとうの、と何回も繰り返している。鉄塔が見える前から繰り返し、白い大きな鉄塔が見えてくると、鉄塔いっぱいでてきた!と言った。私にも鉄塔がたくさん見える。






2022/3/21 沈丁花

街を歩くと、沈丁花の匂いに惹かれて足元がふらつく。小さい頃、よく祖母がこの切り枝を土に差していた。挿し木というきちんとした方法なのだが、祖母が無闇に土に刺しまくっていたので、何か面白い印象がある。


実家にいる。私には何の役割もなく、部屋もない。私は、ここにいなくてもいてもどちらでも良い存在だ。今はそれがとても心地よかった。


実家のトイレの調子が悪いらしい。朝から父が作業をしている。私にとってはとても他人事で、安心さえして自分の作業をした。この家が持つ匂いや光や空気が、トイレの調子の悪ささえも呑み込んで、全体の調和を保っているようだ。


1年ほど前、実家とどこかを往復していたときはもっと家での役割があったはずだが、今回の帰省は特に何も期待されなかった。体はそれに甘んじて、食事の準備を1度しただけだった。


両親は私は甘やして、卒業おめでとうと言って色々と食べさせてくれた。相手の調子で、自分が左右されていることを知る。あとは、悩みがあったから、それでも良いんだと素直に受け入れた。


実家にいた間は何が何日で、記憶の時間がどのくらいの時間を持っていたか分からない。


1番眠かったのは、外で焚き火をしていたときだった。ジョウロで燃えている木々に水をかけて、燃えた木の匂いがする体を犬の匂いのする毛布に包んで眠った。体のどこかが犬と触れていて、温かった。


夜に母の作った料理を食べながら酒を飲む。何も考えない方がいい。けど、何も考えないこともできないで少し苦しい。




2022/3/22 スーパーカブ

昨日は、祖母の家に行って悲しくなった。祖母の足元の前に小さくなって、全てを隠し包まずに言う想像をしたがどうにもならなかった。目の前にあった芋けんぴを食べ続ける。


今日は、青色のスーパーカブに乗っている夢を見た。裸足のようなサンダルを履いていた。そのバイクには、7段階ほどギヤがあったような、4段階だったような、とりあえず、ギヤチェンジする左足が心地よかった。


しかし、そのバイクはレンタルのもので、時間通りに返すことができず、2日間ほど放置したまま布団から出られなかった。


朝、布団の中でうとうとしていると、両親の生活音が聞こえた。真横には犬がいる。犬は眠っておらず、常に目を動かし、耳を上下に揺らしていた。観察してみると、両親の動作の音に合わせてそれらは動いている。


また、目を動かしているがここからでは動いている両親の姿を見ることはできない。なので、あまり目を頼りにしておらず、耳と鼻で家の状況を見ている?


犬と私は隣にいて、全く違った世界を想像、認知しているのかもしれない。犬は、洗濯機や乾燥機の大きく長い音にはあまり反応せず、トイレのスイッチを押す、パチンという乾いた音に対して、少し驚いたようだった。





2022/3/30 おかゆ


昨日は1日中寝ていた。その前の日もずっと寝ていたかもしれない。布団を一度畳んだがまた広げた。何もできない日だった。春は気持ちが良いようだが、実際そんなはことない。気温差と春の不思議な匂いにやられてくたばる。


今日は洗濯をした。あと、午前に打ち合わせがあった。国民保険や年金、市民税などの言葉を聞いて、聞いたことある~と思った。私はこれから個人事業主になるらしい。


最近は、自分がどう生きたいのか、どう行動したいのか、明確な言葉を求められる機会が増えた。聞かれると、笑って誤魔化そうとするので多少の誇張でも目標を作らねばと思っている。


今までは1人で黙々と何かやってきた(結果的にそうなったことも含めて)ので、誰かと目標を定めて作り上げることが苦手だ。

しっかりしないとと思っているが、5日前ほどに切った髪の毛がとても元気そうな髪型なので鏡を見るとちょっと笑ってしまう。


自分の将来に対して考えると、もやっとしたものを体内に感じるだけで言語化できない。制作をする時も大体そうで、ものが出来上がってくると共に言葉も生まれる気がする。メモのような雑な言葉は最初からあるけど、それを人に伝えるのは誤解が生まれそうで怖い。



午後は、確か気分が良くなって、2キロほど先にある銭湯に行った。けど、銭湯で炭酸水を飲みながらダラダラしていると、眩暈と腹痛と吐き気が起きた。

顔の水滴が、濡れた髪から落ちてきたものか汗か分からなかったので、舐めてみると塩の味がした。全身が冷や汗に覆われている。それらをシャワーで流してみたが、体は冷や汗の感覚を覚えていた。


家に帰る。あんなに絶望した体が歩いている。すごい。天気は荒れていて、曇り空に強い風が吹いている。家に着いた。お粥を作って、食べた。お粥に梅昆布茶と鰹節と梅干しを入れるととても美味しい。美味しかったので嬉しかった。






2021/3/31 くもり

今日は、朝起きてお粥を食べた。その後、連絡をしたり返したりすると、12時になったのでまたお粥を食べた。頭が痛い。


13時に風呂の改装工事の人が採寸にきた。体格の良い男性が2人、壁を壊すとかどうとか相談をしている。私は何をしたら良いか分からなかったので、溜まっていた紙を並べてみた。しかし、どうも分類できないので紙を散らかして終わった。


10分ほどで2人が帰ると、部屋を少し片付けて新宿に行った。

街を見ていると、歩いている人にどうしたら浮かれることができるのか教えてもらいたくなる。春休みとか学生とか何とか、縛りがある方が春が楽しいのかもしれない。毎日でも昼間の桜を見られるような生活だと、桜の良さが分からなくなる。


友人の話を思い出した。友人は、「私たちはまだ若いから桜の良さが分からないんだよ、歳をとって、あと数年しか見られないってときに良いものに見えると思う」と言った。

なので今年も桜を諦めた。しかし、そんな気持ちでも、散歩の途中に淡い白色の木が道端にあるのはちょっと嬉しい。歩いて過ぎ去ってしまうくらいの惜しい感じがちょうど良い。

帰り道、スーパーで野菜やササミを買った。昆布出汁のけんちん汁と、小松菜の煮浸し、ささみ生姜粥、豆腐を食べて元気になった!2品以上の食事を自分で作ったのは久しぶりかもしれない。種類が多いのは嬉しい。


気分が落ちたときは、とりあえず料理すればいい。美味しい上に、美味しいものを作れたら自己肯定感が上がる。


また、気分が上がっているので文章を書くこともできるし、眠くならない。やはり、やるときは体がついてくるのだから、眠っていた日々はそれもそれで良いことだった。













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