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2021年8月





2021年8月3日 場所の記憶


7時過ぎに起きる。母の弁当のあまりの卵焼き、昨日の夕飯の残り、穀物の入ったご飯、インスタント味噌汁を食べた。父に駅まで送ってもらい、2時間ほどかけて上野駅に向かう。道中は文章を書いていたが、眠くなって上野東京ラインの途中で少し寝た。

駅に着いてガチャポンを見たが、欲しいものはなかった。公園口の改札口前で待っていると、Aがすっと来たので私も静かに歩き出した。暑くて足取りが重い。


予約していたイサム・ノグチの展示を見た。半年前に、香川県牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美術館を見ていたので作品のことは知っていたが、その時と受けた印象がまるで違って驚いた。牟礼町では、隣の工房で石を削る音が聞こえる中、外に置いてある石の小さな痕跡までも心地良かった。


作家としての力強い生き様やこだわりがまるで生きているように、石と土地に残っていた。それが何故かぞくぞくと体に流れ込むように感じて、とても興奮したのを覚えている。


東京都美術館での展示は、薄暗く、配置が同じようで、携帯電話のシャター音がうるさい。その後、無料で入ることのできる展示を見た。


Aがアメ横に行ったことがないと言うので、適当に歩いた。空いてそうな居酒屋に入って、ビールを飲んだ。客は、ホストのような格好をした男性と飲む女性、オーバーサイズの服を着た半ズボンの男性2人組、中年のカップルなど。


途中、日本語の辿々しいスタッフに席の文句をつけ、怒りながら出て行く中年男性がいた。妻のような女性が男性が何故怒ったかをスタッフに説明している。暖簾から覗く厨房では、男性が何かに座りながら休憩していた。壁に付いたテレビでは男子バレーボールで日本がブラジルにストレート負けする。


Aに奥入瀬渓流や水族館の動画を見せた。動画との関係性は未だよくわからない。とんでもない声量の男が4人来たので、逃げるように店を出た。


山手線に乗って新宿に行き、武蔵野館で映画を見る。煙草と珈琲についての映画で、喫茶店での会話の間を拾うような映像だった。人間のどうしようもない愛らしさがよかった。映画に見入っていると隣では寝息が聞こえる。


その後、喫茶店に行き、珈琲と煙草を飲んだ。映画では、皆がポットに入っていたコーヒーを飲んでいた。まずいコーヒーを思い出して、2人でクロアチアに行ったことを話した。2人で共有した記憶をAが美しいもののように扱うので、私も感化される。

体調が悪い中、電車を乗り継ぎ、どうしようもない時間を感じながら地元の駅に着いた。コンビニでガリガリ君の梨味を食べると頭痛が治ると思って食べると本当に治った。自己暗示?






2021年8月4日 トリップ!

多分7時頃、父が何か物を動かす音が聞こえた。頭上のベッドで横になる母が、どこに行くの?と尋ねると、父は波乗りに行くと言った。9時頃に起き、コメオコシトいう米菓を食べる。


母は車で美容院に行った。これからの予定を考えていると、8月から9月中旬までずっと外にいるのだと気付いて、美容院に行って前髪を切ってもらった。曖昧な返事をしていると、とても短くされた。


その道中で、町内の広場前にあったコカコーラの自動販売機が撤去されていることに気が付いた。この広場ではかつて自治会の夏祭りや御神輿などが行われていて、小学生頃まで夜に堂々と遊ぶことができた唯一の行事だった。


花火大会も夜まで遊ぶことがはできたが、友人と数人だけで移動が許されたのはこういった時だけだった気がする。昼頃からワクワクして友人と遊び、一度家に帰り小遣いをもらうと友達の家に行った。薄暗くなると、広場の櫓の下に潜り、親たちが営む屋台の裏で食べ物を貰った。


宮本さんの本に書いてあったが、彼の幼少期は旧暦で行事を行われていたらしく、それは午後から夜にかけて行われたものが多かったという。しかし、政府の方針で新暦になると昼の行事が多くなり、月夜との関係がほとんどなくなってしまったのだという。『宮本常一「民俗学の旅」1993/講談社学術文庫 49p,58p』


夏祭りの夜の記憶の美しさは私の思い込みではなく、行事と夜によって生まれる力のようなものかもしれないと知って、嬉しくなった。


コロナの影響でお祭りは2年連続で中止となっているが、例えコロナを乗り越えたとしても、子供が少ない地域ではそういったものが継続されるのか怪しい。コロナをきっかけに、世界各地で継続されていた知らないものたちがなくなることを少し焦った。



母の染髪が終わり、車で蕎麦屋に行った。両隣は老夫婦と老人3人組だった。母は、揚げなすなどの入った蕎麦を頼み、私は野菜天ぷらのざるそばを頼んだ。そういえば、ざるうどんが食べたくてここに来たが、うどんは暖かいけんちんうどんしかメニューになかった。


昨日も新宿でうどんが食べたくなって立ち食い蕎麦屋に行ったが、結局暖かい蕎麦を頼んでしまった。冷たいうどんが食べたかったのに。そういうのあると思いながら、今日も蕎麦を食べる。美味しいが、天ぷらの気分ではなかったと最後の方に気付く。外食って難しい。


右隣の老夫婦が会計をすると、婦人の方が自分たちの使った割り箸を持ち帰った方が良いか旦那に相談していた(多分コロナで)。旦那の方はカラッとした人柄のようで、置いて行っていいと言い、店のドアを開けるとあったかいねえ!と大きな声で笑った。


左隣の3人組は1人が男性だったが、一言も話さずにざる蕎麦を食べ、店を出て行く時も生気のない肌と表情だったので少し怖かった。母と私は蕎麦を食べ終わり、店を出ると、強い日差しとアスファルトに照り返した熱風に包まれた。母が温かいと言って笑ったので、私も笑った。


夕飯は、母がエスニック風の牛肉炒めととうもろこしご飯、生春巻きを作り、私がトムヤムクンを作った。父は海から日焼けをして帰ってきて、瓶ビールを飲んでいた。卓球の団体が負けるのを見ながら、札幌行きの航空券を取る。




2021/8/5 白昼

8時頃に起きて、BOSSの水で薄めるコーヒーを飲み、菓子パンを少し食べた。昨日片付けた洗面所がとても綺麗に見えて嬉しい。いつまで美しく見えるのだろう。


文化人類学入門の本を読むことと眠ることを繰り返して、細切りの昆布やお菓子を食べながら夕方まで文章を書いたりした。


16時頃、刺すような白い光のせいで部屋が美しく見える。細々とした調味料や猫用の爪研ぎポールが普段と違って見えた。煮麺を食べて少し眠り、文章を書いて家事をした。


用事のあった母が21時過ぎに、父が22時近くに帰ってくる。オリンピックのレスリング女子で日本の誰かが勝った。





2021/8/6 ジュンドック

寝起きが悪い。8時に布団から出た。珈琲を飲んで本を読んだ。父は、犬を連れて燃えるゴミを出しに行った。


10時から歯医者。座れないくらい混んでいる。狭い待合室でどうしたら良いから分からず、おろおろしていると新しい客が来たのを避ける為にテレビの前に立ってしまった。


テレビではオリンピックの女子ゴルフが流れているので、テレビを熱心に見ていた老人が、席を詰めてどうぞ、と言ってくれた。親切と私を退かせたい気持ちが相まっている。


老人の隣に座る。朝読んでいた本は家の玄関に忘れた。小学生の頃眺めていた賑やかだった水槽は、3匹しか泳いでいない。私より前にいた人たちより早く診察室に呼ばれ、台に座った。


椅子に付属するモニターに私のレントゲンが写っている。右の奥歯がクリオネみたいで可愛い。少しすると先生が来て、しばらく来なかったけどどうしたのと言い、答える間も無く口を開けられた。



芸人のラジオを聴きながら、昼ごはんを作って食べた。夏は、野菜の塩系の漬物が美味しい。胡麻油を吸ったナスの味噌汁も美味しい。たまに食べるソーセージと目玉焼きも美味しい。


昼ごはん後、だらけて特に何もしなそうだったのでコメダに行った。ここではすることがないから、嫌でも文章を書いている。すごい。





2021/8/13 体


人の家の5階のベランダで煙草を吸っている。日焼けして黒子のできた腕の皮膚。動かすと浮き出る手の骨。喜ばしい。雨が少し降っている。


こんな少しの文章でも、毎日書くべきだと思った。書けなかった日々を積み重ねるのは辛い。日記が好きかもしれない。


今回のAの部屋に滞在する2泊は、世話をされていてばかりだった。私は少し疲れていた。Aがご飯を作ってくれて、ベッドで寝かせてくれた。私は明日、北海道へ行くための心と準備であたふたしていてた。


夕方、近くの喫茶店に2人で行くと、Aの友人がいた。隣に座ることを勧められて、その友人に気を使いながらその場にいた。珈琲はいつも美味しかったが、味がよく分からなかった。場を凌ぐために吸いたくもない煙草を吸った。


戦争などの話や特集を見ると、自分の悩みや行為が全て小さなこと、恵まれている上での悩みだと思って生きていることへの自信をなくすけど、それは戦争に対しての思考破棄に近いと思う。絶望しても悩みは消えないし、解決しない。


夜、北海道に行くためにPCR検査を受けなければいけないこと知った。知ってはいたがそのときにきちんと認識して、急いで国分寺駅まで走り、新宿に行った。金曜の夜、または土曜の朝は混んでいるらしく、結果が出るのに2日間かかりますと言われた。簡易的な検査をした。陰性だった。


終電で国分寺に帰る。シャワーを浴びて眠る。不安が消えたわけではないが、疲れていたのでカーペットを畳んだものの上で眠ることができた。上には何も掛けていない。





2021/8/14 風の通り道


午前11時、自分が思うほど全てがひどい訳ではないのかもしれない。ベランダで煙草を吸っているとき、そう思った。


いろいろなものがバランスをとって波のようにうねうねとしている。自分の中や他人との関係、ましてや世界中、交響曲のようになっていて全てが抜け落ちるわけでない。必ず何かの光が当たっていて、それに気づかず生きている。

コロナに振り回されていると思った。見たこともない小さなもののことを考えるだけで、少し不安になったり、イラついたりする。世界中の人がきっとそうなっている。これほど奇妙なことはきっとこれから生きていてあまり体験できないと思う。



夕方、成田空港から新千歳空港へ移動した。35Lのカーキ色の新しいリュックを背負っている。


新千歳空港に着くとさっぽろ駅まで電車に乗った。20時閉店のカメラ屋に滑り込んで、フィルムを2本と適当な電池を買う。夜ご飯を食べたかったが、緊急事態宣言で店はやっておらず、唯一街で光っていた牛丼チェーン店は持ち帰りのみだった。今夜、23時近くにバスで知床まで行く予定だったので、その時間を何処かで過ごせないのは悲しい。


けれど、札幌は何度来ても思ったより涼しくて気持ちが良い。そのお陰で、様々な悲しいことや辛いことが全て他人事みたい。


また、私は食べ物を探すために街を南に移動していた。北の地においての南への移動が、今読んでいる本の内容と少しリンクしていた。不毛の地から逃れるために南下すること。


昔の誰かの行動と少しでも同じかもしれない。ここにはたくさんのビルがあって、道路が整備されていて、タクシーがそこら中にあったが、この地の風や地面の在り方は昔と変わらないのではないか。ただ歩くことが楽しかった。


セイコーマートで手作りのおにぎりと唐揚げとアイスカフェラテを買って、ベンチで食べた。22時頃、あまり街灯のないベンチに1人でいると、前を通る人たちが少し驚いたような反応をする。煙草を吸っていると、高校生くらいのカップルが早歩きで下を向きながら通った。


バスの時間が近くなり、トイレで歯を磨いてバスに乗る準備をする。1番後ろの端の席だった。席を開けた隣には、小さな男の子とその母親がいる。乗客は皆なんとなく疲れていて、感じが良かった。


1時間30分毎に運転手がサービスエリアで休憩するので目が覚める。乗り物の速度が変わると目が覚めてしまうのは何だろう。





2021/8/15 内臓が揺れる

目が覚めてカーテンの隙間を覗くと、車外は少し明るくなっていた。私は日の出の知床をバスから撮ろうとして、この夜行バスに乗ったつもりだったが、目当ての海は反対側だった。しかし、こちら側の畑や山も朝日に照らされて綺麗だったのでカメラを構えようとしたが、いつの間にか眠っていた。


朝の6時過ぎ、ウトロの道の駅に着いた。もう少し眠れていたらいいのに。乗客は10人いるかいないか程度だったが、降りたのは私1人だけだった。皆んなはどこへ行くのだろう。


近くのコンビニに朝食を買いに行く。道の駅のベンチで食べるのは何だか勿体ない気がして、ご飯を食べる場所を探すために歩いた。


まず、小さなトンネルを通って海沿いの駐車場に行った。いい場所だったが、管理人の老人が3人ほどいて居心地が悪かったのでやめた。


次に、大きな岩に登ってみた。階段がついていて、頂上は見えなかった。途中、すれ違った親子に、バスにいた方ですよね、と話しかけられる。確かにその2人は私の横にいた親子だった。私は驚いて声が出ず、よく分からない会釈をした。


散歩の老人ともすれ違い、息が苦しい中、頂上へついた。8キロほどの荷物が重い。風が吹いている。日差しが白い。木でできた歩道に腰を下ろして、冷えたホットドックと珈琲を飲む。ボーッとしていると人が来たので、驚いて食べかけのホットドックをリュックの外ポケットに突っ込んだ。


ウトロの海が青いとき、灰色のとき、白いとき、真っ黒のときを見たことがある。今日は青くて静かなときだった。


果てには何もなく、船も滅多に通らないので少し不安になる。冷たいこととしょっぱいことは何となく分かったが、それ以外のことは何も分からなかった。青いけれど、それも数時間のことで、夜にはきっと黒くなるのだろう。


他のものが照明や太陽によって色の姿を変えることはあまり驚かないのに、海の変化はいちいち驚いてしまう。どうして海は、色によってガラッと姿を変えてしまうのだろう。親しみを持てない分、その都度によって自分に都合の良い解釈ができた。



朝9時近く、友人夫婦と居候が乗る車に乗って、斜里町の旧図書館に着いた。そこが彼らの行う芸術祭の舞台だった。私は部外者で、昨日は風呂にも入っていなかったので、開催時刻になるまで近くの温泉に行った。


徒歩で40分ほど歩く。途中、橋を渡る。川から海へ繋がる流れの真上にいた。その流れに沿って、橋の下も上も風が強い。


温泉は、人がいなかった。受付にガチャポンがあって、それにお金を入れるのが入場料だった。お風呂から出て外で煙草を吸うと、この世界に私1人しかいないのではないかと思うほど、全てが物悲しく風に吹かれていた。北海道はすぐにそんな風景になる。


図書館に戻って、展示を見てパンを食べた。美味しい。美味しかったので、店主の女性に話しかけた。



夕方からは、東京の劇団?の公演を見た。彼らの演技や台詞はたくさん繰り返し練習されたものだったが、旧図書館の空気、光、風、音、観客、土地の全てと緩やかに繋がっていた。私は光の中に見える埃の粒までも彼らの演出で、彼らが生み出したものなのではないかと思った。それくらいの場の独占力と暴力性と優しさがあった。


初めて感じたものだったので驚き、最初は嫌悪に近い感情を持ったが、本当はそれが良いものなのだと徐々に気づいた。この鳥肌が、感銘なのか恐怖なのか同族嫌悪的なものなのか、よく分からない。けれど、私がすることのできないことをしていた。これがしたいわけではないが、この感覚は知っている。


その後、夜に1年間連絡を取っていた男性と初めて会った。文字での会話や彼の情報を少し知っていたが、目の前にいる人物は全く知らない人、行動や笑顔や癖も何も知らない人だった。


どうして人間は生身でないと、こうも相手のことを知ることができないのだろう。私は、自分が考えている以上に、相手の動きや目の色など様々な情報を感じているのかもしれない。


少しして料理がくる。量が多い。大きなソテーとバジル風味のピラフ、というよりその液体を炊いた米に混ぜたものと付け合わせのサラダ。話しながら食べるのが苦手で、私が食べ終わるのは最後だった。



斜里からウトロまでの20分ほどの帰り道、居候の運転する軽トラの中で先ほどの演劇の話をした。その中で1番覚えているのは、私と居候には演劇のような暴力性を生む手段を持っていないということだった。


私は日記や写真を続けていたが、それを相手に示すにはあまりにも細やかすぎた。彼女は北方民族研究のゼミに属して、研究対象とされる人間の扱われ方、その問題が今まで続いていることなどを動画で表していた。


表現における暴力性は身構えてしまうものであるが、いつまでも覚えていて、その意味や感覚をずっと考えてしまう。本当の暴力であるように、心か脳が傷つけられる。


今日見たものは、全て体があることで感じるものが多かった。本や動画のように、頭と手を使ってそれ以外の体が置いてきぼりということがなかった。呼吸をすることも意識してしまったし、足の具合や背筋の感じも思わず力んでいた。


優しい暴力性欲しいね、などと話して家に着く。 みんな疲れていたのですぐに眠る。



2021/8/16 幽霊


朝早く起きると、夫婦は仕事へ行った。私と居候はキッチンで、居候が淹れた珈琲を飲んだ。けれど、それはアイスコーヒーの豆だったので、少し冷まして氷を入れて飲む。美味しい。


身支度をすると、軽トラで旧図書館まで行った。右手にはオホーツク海が広がっている。会場に着くと、アルコール消毒液を染み込ませたペーパーで椅子や机、手すりを拭いた。その写真を撮る。SNSに載せる。居候はSNSが苦手だったが、この為に頑張って3つのアカウントを使っていた。


10時になるとお客さんがちらほら現れて、居候が忙しそうなときは私が受付をした。こうしたときの適当に笑顔で話すことができる自分は普段どこにいるのだろうと思う。カウンターの内側にいるとなんだかしっかりしようと思える。


お昼頃になると助っ人の近所の方が来てくれて、私と居候は喫茶店に行った。赤いソファーの元スナックのような店内で煙草が吸えた。


イタリアンパスタとナポリタンを頼んだ。彼女は話すことに慎重で、一生懸命会話をしてくれるので好きだ。半年に一回会う毎に何かが進んでいて、生きていることが伝わってくる。


彼女が芸術祭のクラウドファンディングの返礼品に自身の日記、芸術祭の記録帳を出すというので、恐る恐る私は、自身の日記を見せてみた。興味があると言ってくれたので、URLを送った。私も彼女の日記に興味があるので、後で支援しようと思った。(後々、お金がなくて支援できませんでした。すみません)


大分ゆっくりした後、はっと思い出したかのように図書館へ戻った。この街は時間がゆっくりと流れている。その後は、足りないものを買いにダイソーにお使いを頼まれた。軽トラで斜里の街を走り、小さなダイソーに行って、コロナ対策用の小物を買って戻った。


その後、ちらほら受付をしてくれる人が増えたので、私は軽トラで出掛けて良いことになった。芸人のラジオを携帯で流しながら、以久科原生花園に行って海を見た。私は知床に来ると必ずこの場所に行きたくなる。初めてきたときは、砂浜に足跡ひとつなく、波の跡が幾層にも残っていて、葦が風に靡き、遠くには知床連山が見えた。


今日は、車のタイヤの跡が砂浜に残り、テントが1つあり、家族が海で遊んでいた。また、堤防にはたくさんの釣り人の影が見えた。少し残念に思ったが、下を向くと1人であることが分かった。


風が冷たい。8月なのにフリースとパーカーを着ていたがそれでも寒い。ここに来ると、本当は何も知らないよと海が教えてくれる。自分の体が半透明か薄く引き伸ばされることを想像する。小さく発光して。



劇団の女性が、町に生えている植物を根っこごと引き抜き、会場にたくさん飾っている様子を思い出した。最初見たときは嫌な気持ちになったが、それが憧れを含んだ感情だと知って、自分も好きな場所で植物を引き抜いてみる。


すると、棘のない植物や長い根でネットワークの持たない植物、ある程度の大きさまでなどと、ある程度の縛りができると知った。


量があって、関東には無さそうなものを探す。自分が気になるものや口に含めそうなもの、何かの時に目についたもの、ポケットにいつの間にか入っていたものなど拾った感覚を記憶できそうなものを選んだ。


そもそも、これだけ広い地球で私がここにいて、植物を引き抜いていること自体、奇跡のような気がしてしまう。起きた出来事。根のない私が、地球と繋がっている植物の根を抜いた。


昨日見た公演で女に人が、彼女は海辺で横になりました?みたいな、言葉を言っていたのを思い出して、私は堤防を乗り越えて、大きな石の転がる海沿いに体を沿わせてみた。


背中が痛くて空が見える。ずっと澄んでいる。自分が何を見ているのか分からなくなって、目を閉じた。波が寄せては引いている。果ての奥からきっとそれは続いていて、私の足元で終わっているように見えたが、ずっと遠いところまで続いているのだろう。


波の飛沫、海鳥の足、空気中の水の粒、潮の満ち引き、羊水、満月に生まれた



夜、再び公演を観た。私はステージから遠く離れた正面の、暖房の隣に座っていた。真っ黒い服を着て、体育座りをしている。全ての動きや背景を見たくて、その場所にいた。誰にも許可を取っていないし、劇団の人とはあまり話をしたことはなかったので、怒られたら退こうと思った。


上演が始まる。私は暖房の影に潜んでいるのに、動いている女性と一体化したような感覚に一瞬だけなった。その場に漂っている幽霊のような気持ちだった。偶然、劇の題名にも幽霊という文字が入っていた。


昨日は前の方の席に座っていたから分からなかったが、こちらの奥にも男の人が来て、お客さんはたまに振り向いたりした。私の服は全部黒いが、顔が白いので反射する。白い服を着ている幽霊は、とんだ目立ちたがり屋なんだな。


深夜、あまり話したことのない人たちと風呂に入った。特別誰かと話すこともできないまま解散して、鎮痛剤を飲んで寝た。



2021/8/17 7h


平日だったので夫婦は仕事へ行った。居候に斜里まで乗せてもらって、そのまま図書館で少しだけ作業をした。11時頃になると電車に乗り、網走経由で北見まで行った。この電車は、いつも不思議な世界観で疲れてしまうし、気が抜けて眠ってしまう。


8月の日差しが、古い車両の中に気が抜けたまま漂っていた。昔から変わらないような湿地が続き、頭では椅子と古びた銀色の窓枠、荒野を認識しているが、それがどういうことなのかいまいち分からなる。この土地は社会から逸脱し過ぎていた。電車が止まるとき、車内に熱気が込み上げる。


北見に着き、旭川駅行きのバス券を買う。想像していたよりも運賃が高いなと思った。バスまでには1時間ほどあったので、駅前商店街の喫茶店に行った。


少し歩いて2階の入り口を開けると、昼時なのに客は私しかいなかった。青い花柄ソファーのボックス席が可愛らしい。1つだけ照明の薄暗かった椅子に座って、ホットコーヒーを頼んだ。煙草を吸うと、ちょうど真上にあった換気扇が回り始める。


コーヒーはすぐに出てきて、奥さんらしい女性と店主がカウンターで交互にご飯を食べ始める。多分私は文章を書いた。


駅まで戻る途中、欠けていた商店街のタイルと駅前の横断歩道の欠片をポケットに入れる。バスは自由席だったので、前方の左側に座った。少し寝て、音楽を聴いて、寝た。地名を少しだけ覚えて、夕方、旭川に着いた。


駅前まで迎えにきてもらった。多分私が登山客の様な格好をしていたので、車に乗ると中には少し笑いが残っていた。車内は代表の他に、奥さんと中学生の双子の女の子がいた。


そのままスープカレー屋で私は野菜カレーを頼んで、彼らの例に倣ってブロッコリーをトッピングした。目の前に中学1年生が2人がいて、少しドキドキした。


彼女たちはなんでも適当に質問をし、時間が経ってしまった回答には興味がなさそうだった。何を話していたか分からなくなる。会話の感覚を無理矢理ずらされるのは楽しかった。


その後、双子を家に降ろして、夫婦は私のためにスーパーや身近な店の紹介をしてくれた。夫婦を車で待たせたまま、スーパーに行って明日の食材を買った。これから寝ることになるショールームに着き、荷物を置くと少しして、お風呂を借りに行った。


人の家の風呂は緊張する。知らない場所で服を脱ぐからだろうか。風呂から上がると、リビングのテレビの前に床置きしてあるドライヤーで髪を乾かした。双子の使用後らしい。その後、ビールを頂いて数時間談笑した。眠い!となると、母家と隣接のショールームに移動し、布団をひいて眠った。




2021/8/18 インターン

私は旭川の木工会社のインターンに3週間ほど滞在した。共に仕事をすることで、必然と気持ちが重なる。ものの場所や時間感覚や街を覚えていく。その入り込む感覚は、私の曖昧な思考をも飲み込んでいたのだろう。私は、インターンの期間全く文章が書けなかった。


常に人といたこともあるが、状況に流されて自分に疑問を持つことがあまりなかった。それを記述するという面白味も忘れてしまって、私は慎ましく、何事もなく日々を過ごすことに必死だった。


毎朝6時30分から7時20分までの間に起きて、8時30分頃までに自転車で10分の場所にある会社に行った。汚れても良いズボンに半袖のTシャツを着ていた。スニーカーは新しい黒いものだったが、すぐにゴムのりで汚れた。


仕事内容は、おおよそパートさんと同じ作業で、研磨、合板、塗装や雑用をした。社員さんが1人1つの案件を持っていて、それが出来るまでの流れの中、パートさんは事あるごとに呼ばれて、その作業をした。


仕事に集中すると、人と会話ができなくなるので、仕事とパートさん両方に気を取られながら作業をした。そうすると、仕事ができなくなってパートさんに注意される。また、自分がある程度できると思っていたことは、精度や速度の点であまり生産的ではない。


自ら望んで入った環境が、自分にとって正しいの分からなかった。しかし、入った以上ある程度の責任を持って仕事をしなくてはいけない。新しい場所に馴染もうとする本能とそこに逆らおうとする魂がぶつかっている。



私は外にいるとき、なるべく体を人に任せようと思っている。どこかに連れて行ってくれるなら着いていくし、後で会おうとなると自ら連絡を取った。1人になることはいつでもできるのだから、誰かが相手をしてくれる人間である限りは、人と会いたい。


10時30分から10分、12時から1時間、15時から10分の休憩があった。昼は数人でコンビニに買いに行ったり、たまに無性に焼きそばが食べたいときは作ってタッパーに入れて持って行った。


17時30分には一応清掃が終わる感じだったが、大量に出る木の端材を紐で縛ったりしていると事務所に戻るのは18時頃になった。パートの女性たちは17時にあがりだったので、事務所には男性の社員6人と私しかいなかった。


椅子に座って少し会話をしていると、誰かがプロジェクターとプレステの電源をつける。サッカーと爆弾のゲームを4人交代制で何回かプレイするのがほとんど毎日だった。コントローラー触ったことはあったが、プレステで遊ぶのは初めてだったかもしれない。


徐々に学んで、味方や相手の距離感やボールの流れを掴んでいく。動作の繰り返しで学んでいく動物的な感覚だった。なので、感情が体から素直に放出されるようでみんなは悔しがったり、喜ぶ度に大きな声を出した。

そうやって夜になると、誰かとご飯を食べにいくか、自分の家で作るかなどをして、21時から22時の間に代表の家に風呂を借りに行った。最初は出されたバスタオルを借りていたが、次第に自分の小さなタオルを使うことにした。


人間の態度や仕草から察しなければいけないことが多くて楽しかった。常にボールに乗っているような気分だった。酒を飲めることはコミュニケーションが円滑になったので良かった。毎日22時から24時過ぎまでの間にビールを2,3本とウイスキーやジンをストレートで飲んで、そのまま倒れるようにショールームで寝た。





2021/8/19 蓄積をしない部屋


私が寝泊まりするショールームは、たまにお客さんや学生が見学に来たので、常時きれいにしなくてはいけなかった。そこにある汚れが、会社のイメージに繋がるので少し責任感を感じながら、ものを元に戻す習慣や、汚れに気を使った。


蓄積をしない部屋。ホテルの従業員ではない。自分の行動の痕跡を、自分で元に戻す。少しずつ散らかして、その分より片付ける。


清潔を保つ達成感はあったが、生きている心地がしない。ものがないことを望んでいるが、自分のものを全て綺麗に見えないようにする生活は、不思議と心地が悪かった。


しかし、家具は綺麗だったので、ブラインドの隙間の光が机に落ちる様が好きだった。森はどんな蓄積も許される。死体も落ち葉も木も全てが1つになっていく。




2021/8/21 センスイ


この日は、私の歓迎会を催してくれた。その日も仕事だったが、1時間ほど早く終わらせて準備をした。コロナの緊急事態宣言期間だった為、自主参加制で事務所にピザやビールなどを集めて食べ飲みした。


会社には私を含め、家庭を持つ人と持たない人両者おり、そこから生まれる価値観の差は確かにあった。主張するまでもなく、一言にその感覚が混じっていたり、行動が違っていたりする。


特に小さな子供のいる家庭はコロナなどに対して保守的で、私よりも様々なことに敏感になりながら生きているのかもしれない。そのため、同世代で情報収集など連絡網がきちんとしている。


小さな子供を持つ女性は素晴らしいものだと思った。自分もそうやって守られて育てられたのかと思う。何となく理解していると思っている年齢や職業の人でも、生身で共に働くと気付くことが多い。色々な年齢の人と接してみたいと思った。


暮らしと仕事と土地の関係を、いま生きている人の言葉を探る。そこにおける秩序や知恵は、道具や衣服、言葉、習慣に表れる。彼らは無意識に行う。それを見つける。勉強の仕方がいまいち分からない。














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